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オブシディアン
しかししばらく経っても、ナギの下半身は空気に晒されなかった。
恐る恐る目を開けると、そこにはまた、見知らぬ男が増えていた。
大きな男は明らかに軍人だった。
イスラ王の手首を掴み、彼と睨み合っている。
「痛いぞ……っ、離せ」
手首を掴むその力に眉を顰めたイスラ王が、力任せに振り払おうとするも、相手はびくともしない。
「っ、……オブシディアン。離せと言ってるんだ」
しかしオブシディアンと呼ばれた男は、離すどころか、イスラ王の腕を引き寄せた。こんな大男に、日頃執務の多いイスラ王が、力で敵うはずもない。
押し倒されたイスラ王が男を睨みつける。
しかし男の顔を見上げると、怪訝な顔で目を細めた。
「なんて顔してる……」
そして皮肉に唇を歪める。
「ハッ……今更嫉妬など、何の役に立つ?……シディ。可哀想な俺のシディ。もう何もかも遅い」
男の頬に手のひらを寄せる。
オブシディアン……、シディは、憮然とした表情のまま、その手を握った。
握ったまま、口元へと持っていく。
無意識のように、それは自然な仕草だった。
「胡散臭い錬金術師の言うことを鵜呑みにするなんて、お前らしくない」
「何度も言ってるだろう?アルワーンの錬金術の腕は一流だ。これまでに、ありとあらゆる快楽を全て経験したせいで、確かに愉しむ方向は人と変わってるがな。ドス黒い腹のうちも、俺は案外気に入ってる。少なくとも奴は、裏があることを隠そうとしない」
「どうしても竜人と交わるなら、まず俺が試してからにしろ」
イスラ王がチラリと、ナギを一瞥する。
先ほどからナギは訳が分からないまま、顔面蒼白で、目を白黒させていた。
そんな姿を見たイスラ王が、可笑しそうに言う。
「嫌だね。彼は処女だ。そんなおいしい話、目の前で鳶のように掻っ攫うつもりだろう。そうはいくか」
「ペリア」
どこまでもふざけた態度で交わす相手に、シディが低い唸り声を上げる。
「……その呼び方、久しぶりに聞く……」
シディのごつごつとした手が、イスラ王の……、ペリアの顔に触れた。
目元にできた黒い隈を労るように指でなぞり、髪に手を入れる。
「諦めるな。必ず俺が治してやる」
「そんな建前なんてどうでもいい。……認めろ。俺がこの子を抱くことに、嫉妬したんだろ」
「ひっ……」
足首を掴まれたナギの悲鳴が、その喉に張り付く。
シディは、ナギに伸びた手を引き寄せた。
「やめろ」
「では認めろ」
あくまでも皮肉な笑みを浮かべようとする唇を、シディが奪う。
ぶつかるような、痛みのある口づけだった。
「んんっ…」
それはすぐに深くなる。
濡れたリズムが寝台の天井に反響し、獣のような呼吸が、その合間に聞こえ始める。
隣にいるナギのことなど気にも止めず、二人の行為はどんどん激しくなっていく。
「早く……、触っ……シディ……っ」
互いに、引きちぎるように脱がせた服も、シディの方はまだほとんど脱げていない。結局、焦れたペリアによって破かれた。
呆れたように自身の破けた服を見下ろすシディの顔めがけ、ペリアのズボンが飛ぶ。
白い脚が、シディの目の前でゆっくりと開かれる。
わざと見せつけているのだ。
長い脚は大きく開き、その間にシディを誘っている。
ペリアの挑発に、シディの我慢はもう限界だった。
「あ、……ん」
反り勃つものが熱い口内に含まれ、ペリアは寝台の上で大きくのけ反った。
足の爪先が、シーツの上でしなる。
掴まれたシーツは、波のように大きく皺になった。
「あ、……あ、……んっ」
上下するシディの髪に指を入れて悶えるペリアが、自身の脚の間から見ているその目に気づく。
欲情の火がついた瞳。
ペリアの喉が、ごくりと鳴った。
「噛むな」
あらぬ声を抑えるため噛んでいた指を、シーツに縫い止められ、もう何も声を阻むものがない。
「ああ………シディ……早く……」
その言葉の意味を分かっているシディは、ペリアの性器から頭を離した。
濡れそぼち、ピクピクと痙攣するそこから滑った液体を指ですくい、奥の窄まりに当てる。
「あ……っ」
濡れた入り口は、すんなりシディを受け入れた。
そのまま抜き差しを繰り返す。
ペリアの息が荒くなり、喘ぎ声が一層高くなる。
「……あ……んッ……も、早く……」
「まだちゃんとほぐれてない。……お前を、傷つけたくない」
それを聞いたペリアの唇が歪む。
この男ときたら、この期に及んで一体何を言うのだ。
もう、何もかも遅いのだ。
傷ついた心も体もぼろぼろで、元になど戻らない。
シディの股間では、張り裂けそうなほど硬くなったそこが、一刻も早くペリアに入れたいと主張している。
「……言っただろう。もう手遅れだ」
ペリアの両脚が、シディの腰に絡んだ。
濡れそぼつ下半身を、これ見よがしに相手の股間に押し付け、スライドさせる。
「う……ッ、」
揺れるペリアの下半身に刺激され、シディが呻く。
快感の苦痛に歪むその顔を見たペリアは、喉を鳴らした。
欲しかった。飢えるほどに。
「早く……」
「もう少し待て」
「お前からの痛みなんか、すぐ悦びに変わる」
「……いつもそんなふうに、もっと素直になればいい」
「イヤラシイのが素直か?こんなふうに……」
「く………っ、煽りすぎだ」
「……アッ、アッ」
硬く、太い軸が狭い箇所を穿ち、待ちに待った瞬間に、ペリアは射精した。しかし放っている最中に擦られたそこは、一度射精しても萎えなかった。
「んッ、あっ、……もっと……強くっ」
絡ませた脚で、シディの腰を引き寄せる。
「うっ」
性器が深く呑み込まれる感覚に、シディは必死で耐えた。
ペリアのそこが、ぎゅうぎゅうとシディを締め付けている。
中は溶けそうなほど熱く、心配した痛みも、全くないようだった。
痛みがないと分かれば、もう遠慮もいらない。
絡みつく脚を抱え上げて、シディは激しく抽挿し始めた。
「あッ、あッ、……ああ……んッ」
あられもない声を上げ喘ぐペリアの喉元に、獣のような息遣いがかかる。
「んん……う……ふ……」
何もかも呑み込むような、深い口づけ。
濡れた音を立て、互いの舌が熱く絡み合う。
荒い呼吸で大きく上下しているペリアの胸で、飾りが赤く尖っているのを見つける。
「ああっ」
尖ったそれをグリグリと捏ねられ、ペリアは激しく身を捩った。
「アッ…アッ」
「う……くッ……」
片足を抱え上げ、シディの腰が激しさを増す。
「あ、あ、あ……は、ッ……もう……ああッ」
「ペリア……ッ」
色っぽい呻き声が、ペリアの耳に注ぎ込まれた。
同時に、奥深いところに暖かいものが放たれる。
その感触は、言いようのない幸福だ。
その幸福を少しでも多く味わいたくて、ペリアはまだ生きていた。
寝室には荒い息遣いと、卑猥な空気が充満していた。
「……ダメだ」
抜こうとしたシディの腰に脚を絡ませ、ペリアがそれを阻止する。
「抜くな。まだ」
「……体によくない」
「ダメだ」
「っ」
わざとギュッと締め付け、腰を揺らす。
巧みな技は、シディのものをあっという間に硬くさせた。
「あ……ん……んっ」
濡れたリズムが、再び部屋を支配する。
結局、その後も何度も果て、ようやくペリアが満足したのは、明け方近くだった。
ナギはずっと彼らの傍で、できるだけ寝台の端に身をよせていた。
身を捩り、いくら彼らの姿が見えないようにしても、音も声も防げない。そんな中で眠れるわけもない。
彼らはまるで、ナギがそこにいないかのように、ナギの存在を無視して行為を繰り返していた。
ようやく地獄のような時間が終わりを迎えたと知った時、ナギの目は涙で真っ赤になっていた。
寝台が軋み、現れた影にびくりと身を固くする。
「ひっ、やめッ」
大きな手がナギの口を塞ぐ。
恐怖で慄いたナギは、逃れようと必死で暴れた。
しかしオブシディアンに両手を拘束され、身動きが取れない。
「しっ。ペリアが起きる」
息がかかるほど近くで喋るオブシディアンに、ナギの恐怖は最大になった。
「このところ、ずっとろくに眠っていなかった。寝かせてやってくれ。……頼む」
その声には、ペリアを抱いていた時のような、獣のような気配はない。
オブシディアンはナギの耳元で囁いた。
「お前に何もしない。鎖を移動させるだけだ。いいな?」
ナギが微かに頷いたのを確認し、オブシディアンの手が口から外される。
オブシディアンは言葉通り鎖を寝台から外すと、ナギの体を抱き上げ、部屋の長椅子 に移動させた。
ナギの鎖を長椅子 に繋ぎ直す。
混乱と恐怖から解放され、ナギはしゃくり上げた。
必死で声を我慢し、噛んでいる唇には血が滲む。
躊躇う様子でそれを見ていたオブシディアンは、慣れない仕草でナギの頭に手を乗せた。
「怖い思いをさせてすまなかった。少し休め」
去ろうとするその袖に、ナギがしがみつく。
「待って……。城のみんなは……俺の家族は、これからどうなるの」
だがその問いに対する答えを、オブシディアンも持っていないことが、彼の瞳を見て分かった。
ゆっくりと、オブシディアンが、己の服に絡むナギの指を解く。
「家族に会えるよう、ペリアに言っておこう。近いうちに会えるはずだ。……酷い顔色だ。少し眠れ」
絶望感でいっぱいになったナギは、長椅子 で泣き崩れた。
震える体に、ふわりと、ブランケットがかけられる。
しばらくの間、オブシディアンは黙って側に座り、震えるナギを見守っていた。
ナギの呼吸が落ち着くのを待って、ペリアの元へ戻る。
その呼吸が落ち着いているのを確かめ、頬かかる髪を優しくかき分ける。
その仕草は愛情に満ちている。
他の者の前では決して見せない、オブシディアンの表情だった。
イスラ王であるペリアとの関係は、遡れば、少年の頃になる。
あの頃はまだペリアは王ではなく、オブシディアンだけでなく本人でさえ、そんなものになるとは微塵にも思っていなかった。
ボタンのかけ違いが生んだ、拗れて捻れた関係が続いて、もう長い。……気が、遠くなるほどに。
「俺は諦めない……絶対に」
オブシディアンはそう呟くと、ペリアの頭に口づけを落とし、部屋から出ていった。
シンとした寝台の上、ペリアの目蓋が開く。
「愚かで可哀想なシディ……」
暗い瞳が、出ていったオブシディアンの名残を追うように、その空間を見つめていた。
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