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午後のティータイム

「やぁ、王子。元気そうでなにより」 「イスラ王……」  ここは彼の家なので、客というなら、ナギの方がそうだ。もっともナギは軟禁されているので、客とも呼べないのかもしれないが。  ナギの視線に気づいたイスラ王が、笑みを浮かべる。 「オブシディアンなら、連れてきていない。彼の本来の仕事は城の護衛だ。本人が勝手に、私の護衛についてるだけで。それも戦になれば、左将軍に戻る。それより……、ヨタカと仲良くなったようで、羨ましいよ。彼は堅物で、オブシディアンと気が合うくらいだ。私になかなか靡かないと思ったら、君のタイプはこういう感じなのだな」  イスラ王の後ろで、話しをふられたヨタカがむっつりとする。  余計な反論をすれば後が面倒くさいのだと、彼は知っていた。 「ほんの冗談だよ。……怖い顔だ」  それはナギに向けられた言葉だった。  言い返せば揶揄われると、ナギも黙る。 「なんだ?二人とも気が合いそうだな。私のことを無視するなよ。仮にも王だぞ」  そう言い、屈託のない顔で笑う。  こうして会って分かったことだが、イスラ王はナギが想像していた本土イスラの王と、かなり違っていた。  そして今ここにいる彼はもちろん、あの夜、オブシディアンに組み敷かれていた彼とも違う。  一体どれが彼の本当の姿なのか。  この王と話せば話すほど、ナギは分からなくなる。  イスラ王は、ヨタカがナギに用意してくれたハーブティーを飲んだ。  ヨタカがすぐに、ナギの分を入れてくれた。  ポットを傾ける様子で、彼がそういうことに慣れていないのが窺える。  不器用な仕草に、ナギの頬が思わず緩む。  椅子に座り、同じようにヨタカの給仕を見ていたイスラ王の手のカップが小さく揺れていることに、ふと気づく。  ナギは妙な違和感に首を捻ったが、彼が話し始めたため、すぐ忘れてしまった。 「本題に入ろうか。家族に会わせてくれという君の希望だが、残念だが、やはり今すぐには無理だ」 「そんな……」 「まぁそう慌てて落ち込むな。続きがある」  弾かれたように顔を上げたナギに、イスラ王がふっと微笑む。  整った彼の顔がそういう笑みを浮かべると、枯れて萎んだ砂漠の植物でさえ命を吹き返しそうなほど、とても魅力的だった。 「現実的に今は不可能だというだけだ。君以外はみな、島の城にいる。連れて行けと言われても、唯一道を全て覚えているアルワーンが行ったっきりでね。海路は相変わらず使えないし、洞窟内には罠も多い。推測だが、君も島から本土へ繋がる道を知らない。違うか?」  ナギは黙っていた。  唇を噛む姿を見たイスラ王は、自身の推測が正しいと踏んだ。 「どのみち、人にはそれぞれ役割というものがある。君の母親、王妃を、今島から出すのは得策じゃない。島の様子を知らずとも、想像くらいできるはずだ。島の民の鬱憤を抑えるには、彼女の言葉が一番効く。君だって、島の民は大事だろう?仮に彼らが本国の視察の最中に暴動を起こしたとなっては、こちらも対抗処置を取らざるをえない」  それを聞いたナギの顔が真っ青になる。  脅しのような台詞に、一番に憤りの表情を見せたのは、後ろで黙って聞いていたヨタカだった。 「あちらでは、ここにいるナギを人質に、母親に言うことを聞かせているということでは?」 「……何を今更怒っているのか、私にはさっぱり分からないぞ。ヨタカ。彼を私のところへ連れてきたのは、他でもない君だったはずだけど」 「っ、だから余計にです。今回の本国のやり方は気に食わない」 「気に食わないのは、アルワーンのやり方だからだろう。君には潔癖なところがある。そんなことでは、国の政治は回せない。……ヨタカ、少し黙っててくれ。この子と話したい」  髪をかき上げるイスラ王は、これ以上冗談を言う余裕もなさそうだ。酷く疲れているように見える。  王に見つめられたナギの喉が、大きな音を立てる。  あの夜以降、イスラ王とは数回話した。  彼の前に立つたび、極度の緊張で喉は張り付き、ナギは言いたいことの半分も言えなくなってしまう。  しかしイスラ王の言ったことが、ナギにも理解できた。  今王妃が島を離れれば、間違いなく、島はもっと混乱に陥るだろう。 「……シラとナディアは?二人とも、どうしてるの」 「ナディア……、ああ、王女ナーディアだね。第一王子と王女なら、二人とも変わらず元気にしているらしいよ。王女が元気すぎて、本土の兵たちを、毎日胃痛にさせていると報告を受けたところだ。兵たちは毎日、王女のご機嫌取りに勤しんでいるらしい」  それは、全くの嘘とは思えなかった。ナディアならやりかねないからだ。  彼女は王妃を支えようと、普段と変わらない気丈な様子を見せるに違いない。 「私がこの目で見たわけじゃない。だから言い切れなくて申し訳ないとは思うが、言ったように、島の王家を皆殺しにするために、今回島に視察団を送ったわけではない。第一王子も、丁重にもてなしていると聞いている。一概に信じろとは言わないが……、どうだ?私の話しに何か怪しいところはあるか?」  そう聞かれても、正直、ナギにはよく分からなかった。  政治的な駆け引きなど、したことのないナギに分かるわけもない。  腹の探り合いも、素直に人と向き合ってきたことしかないナギにとって、困惑する極みでしかない。  困った様子で俯くナギに、イスラ王が目を細める。  その視線には、優しさの欠片は微塵もなかった。 「君を見ていると、少々苛々する。少なくとも私が君と同じ境遇に陥ったら、敵陣の庭先で呑気に鳥と戯れて、茶を飲んでる場合じゃないと思うけどね」 「っ、それはあなたがっ……!あなたたちが島を占領なんてしなければ、俺たちはずっと平和に暮らせたんじゃないかっ」  怒りのあまり、目の前が真っ白になる。  そんなふうなナギの怒りを目にしても、イスラ王は眉ひとつ動かさない。  ハーブティーのカップを傾け、優雅な仕草でティーを飲む。 「……やめよう。今言ったことは忘れてくれていい。どうも君を見ていると、調子が狂う……」  後半の言葉が、小さな呻き声に呑み込まれた。

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