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王の意地

 洞窟の入り口までたどり着いた四人と一名は、付近で身を隠せる場所を探して、簡単な天幕を張った。 「どうして中に入らないの?雨風も凌げるのに」  不思議がるナギに、ヨタカがそっと教えてくれた。 「中で火を起こすと、煙が逃げにくい。逃げたとしても、それはどこかの出口だ。敵に見られる可能性が高い」  二人は揃って、食料の調達をしていた。  毎回、五人分の食料は結構な量だ。 「アルワーンのヤツ、味が薄いだの肉が薄いだの、文句を言う割に、ヤツが一番よく食う」  ナギが苦笑する。 「確かにあの人、よく食べるね。……それに引き換え、イスラ王は凄く少食だ」  アルワーンと正反対に、イスラ王は少ししか口にしない。  元々少食だから心配するなとオブシディアンは言ったが、あれでは洞窟内を進むうちに、倒れてしまうのではないだろうか。 「心配してるのか。あんなにイスラ王のことが苦手なのに」 「それとこれとは話が別だよ……。イスラ王に毒を盛った犯人って、やっぱり今回のクーデターと関係があるの?」 「どこで毒の話を……、アルワーンか。道中、ずっとヤツと喋ってたな、そう言えば」  どこか責めの響きがあるそれに、ナギが困った顔をする。 「喋ってたって……。ずっとひとりで喋ってたのはアルワーンだよ。俺は相槌を打ったり打たなかったり……」 「ナギ。あまりヤツを信用するな。ヤツは長年、島のことを研究していて、最近は特にのめり込んでいる。俺が言うのも何だが、大事なことは話さないように気をつけろ」 「……分かった。気をつける」  ヨタカは安堵の表情を見せた。 「毒のことは、一部の人間しか知らない。どういう種類の毒で、どういう経緯で接種したのかも分からないんだ。解毒剤が作れず、王は半ば諦めてしまっている」 「でもオブシディアンは違うよね。それにヨタカも」 「もちろん。イスラ王は俺の命の恩人だ。解毒の方法を見つけるためなら……、王のためなら何だってする」  ヨタカが決心を硬く口にする。  ナギの胸の辺りが、ギュッと締め付けられる。 「……あ。あの辺りにキノコがたくさんある。取りに行こう」 「えっ、あ、うん」  ヨタカがイスラ王を守るのは、当然のことなのに。  どうしてそれを耳にするたび、こんなふうに胸が苦しくなるのだろう。  ヨタカは知っているのだろうか。  イスラ王とオブシディアンの二人が、ただの侍従や、幼馴染の関係ではないことを。  もし知れば、彼もナギと同じように、その胸を痛めたりするのだろうか……。 「うん。いい匂いだ。……ほら。嗅いでみろ」 「あー……確かに。良い匂い……」  取ったばかりのキノコの香りを嗅ぎ、ナギが微笑む。 「俺、このキノコが一番好きだ」 「知ってる」  クスリと笑うヨタカに、ナギは一瞬面食らった。そして慌てて顔を伏せる。  頬が熱かった。  自分の好みを知っていると笑う彼のせいで。  こんなささやかなことなのに、一体どうして……。 「取り敢えず、キノコと野草はたくさん取れたな。後はオブシディアンの肉に期待しよう」 「……ほんとは、一緒に狩りに行きたかったんでしょう?」 「どうしてだ?」  ヨタカは不思議そうに尋ねたが、ナギにはバレバレだった。  天幕を張って待機をしている今でも、体が鈍らないよう、時間を見つけては剣の鍛錬をしている。  そんな彼がオブシディアンと狩りに行きたくないわけがない。  彼が軍人だから剣技を磨くのか、それとも鍛錬が好きだからするのかは不明だが、シラと同じく、単純に鍛錬するのが好きなのかもしれないと、ナギは思っていた。シラとヨタカ、どこか似通った二人だと思う。  島で育ったナギは、軍人という職種についてあまり知らない。島に、戦場に赴くような兵はいないからだ。  旅の道中、ヨタカにも一度聞いてみたが、軍のことを話す彼の口は重かった。  ナギもそれで、あまり聞かない方がいいと思った。 「狩りなんていつでもできる。……それにナギをひとりでキノコ取りにいかせると、毒キノコを取ってきかねないのが心配で」 「あ、ひっどい」 「冗談だ」  ヨタカが笑うと、普段は視線で射殺すようなきつい目元が、途端柔らかくなる。  少年のように無邪気な笑顔。  その笑顔を目にするたび、ナギの心臓が、ドクンとジャンプする。  まるで、竜神に喜ぶイルカたちが、水面で大きくターンジャンプするみたいに――。  予想より取れた食料に、半ば浮き足で戻ったナギたちのたちの目に飛び込んできたのは、横たわるイスラ王と、彼を膝に乗せたアルワーンの後ろ姿だった。 「このっ……、何をしている!」  激昂したヨタカに振り向いたアルワーンは、指を唇に立てて、静かにするよう言った。 「静かにしたまえ。今やっと眠ったんだ」 「発作が?」 「発作も何も、痛み止めがないことに、君たち、どうして揃いも揃って気づかなかったんだ」  ナギもヨタカも、その言葉に唖然とした。  二人とも、まるで想像すらしなかった。 「そうだよね……。突然のクーデターで、薬を持ち出す暇なんてなかったし……。どうして気づいてあげられなかったんだろ……」  イスラ王の食が細いことに、もっと早く本人に聞くなりの対処を取っていれば、そういうことも分かったかもしれないのに。 「ナギ……」 「君たち、見つめ合ってる場合じゃないぞ。これは洞窟を進む上で大きな障害だ。……仕方ない。イスラ王はここに置いて行こ……、冗談だよ左将軍。君の堅物ぶりには、もはや頭が下がる……ッ」  動いたアルワーンの首筋から、ツー……っと、一筋の血が流れた。 「私にばかり……風当たりが強いのはなぜなのかな……?苦しむ王に応急処置をしたのは、他でもない私なのだけど」  オブシディアンがゆっくりと剣を収める。 「何かを言う前に、考える癖をつけたらどうだ」 「オブシディアン、イスラ王が」 「分かってる。こうなることは予想がついていた。こっちへ寝かそう。草を取ってきた。……ナギ、それを俺のブランケットの下に敷いてくれないか」  ナギが急いで草を敷く。  その上に寝そべったイスラ王の意識はない。  眉間に皺を寄せて、寝顔も苦しそうだ。 「何を与えたんだ」  怒ったようにいうヨタカに、アルワーンは盛大に肩を竦めた。 「いつなる時も、人が煩わしいものから解放されるのは、寝ている時だ」  要は睡眠薬的な何かを飲ませたということだ。 「イスラ王が起きるまでに、何か考えなければ……。俺が街に戻って、薬を買って来よう」  だがヨタカの提案に、オブシディアンはすぐ首を振った。 「ダメだ。そんなことをしてお前が捕まれば、すぐには助けられない。それにあの薬は、王族に古くから仕えている、信頼できる医師に調合してもらっている。街では手に入らない。王は俺が背負ってでも連れていく。心配ない」 「ちなみに、眠らせるのはもう無理だ。私の薬のストックがもうない。城へ行けば私の実験室があるが、それまでは錬成も難しい」 「肝心なところで役に立たないヤツだなほんとに……」 「——ねぇ、俺に少し、時間をくれないかな。何とかなるかもしれない」  

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