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洞窟の中の生贄

「ねぇ、ほんとにこれ、バレない?」  ナギがモゾモゾと、居心地悪そうに体を動かす。  その体に纏うボロ切れは、ナギのサイズに合っていない。まるで砂漠から蘇ったミイラのようだと、ナギは思った。  布には泥や海藻を練った汚れをつけてある。  これで街にいれば、物乞いに見えるだろう。 「やはりイスラ王と末の王子は、何を着ても王子の品がある。その、隠せない彼らの王子気質のせいで、見つかるかもしれないな」  アルワーンがそう揶揄う。  イスラ王は聞き流していたが、ナギは途端に不安そうな表情だ。 「余計なことを言うな。……こっちは、お前の足さえ動けばいいんだぞ」  ヨタカに脅されたアルワーンが、どこともなく視線を逸らす。 「これで今回の生贄の中に紛れて、本当にバレないのか?」  だがイスラ王でさえ、この作戦を疑っているようだ。 「紛れるどうかで言えば心配ない。情報によると、今回の贄の数は相当に及ぶ。賭けてもいいが、ろくに数も取っていないはずだ」  アルワーンのその言葉は、確かに当たっていた。  カラカスの兵士が連れてきた人間の数は、ゆうに百は超えていた。  おかげでナギたちは、その中にうまく紛れ込むことができた。 「……見ろ。ヨタカ。ヤツは神官じゃない」  祭壇での儀式を執り行うのが、衣装こそ司祭のものだが、その中身が儀式のことなどまるで知らない兵であることに気づく。 「やはりおかしいな……。青印なしで島側から扉が開くことと言い、妙な具合だ」 「ああ。気を抜くな」  儀式が済み、合図の火が灯される。  島側の扉が開き、ポカリと、底知れない暗闇が姿を見せる。   そこからコツコツと足音が聞こえ、扉の前でピタリと止まった。  現れたのは黒ずくめの男だった。  フードを深く被り、その顔を闇の中に隠している。 「イスラの親交の証として、ここに、アル・カワールへ献上する。……さぁさぁ、止まってないでさっさと進め。お前たちの居場所は、もうイスラの地にはない」  ナギはチラリと目をあげた。  生贄の儀式に連れてこられた者たちは、誰もが痩せこけ、歩くのもやっとだ。皆、もう抵抗する力すらない。  隣でよろめいた女性を支える。その手はガサガサで、枯れた木の根のようだ。  ナギは悲しくて堪らなくなった。 「……ギ…………ナギ」  肩を掴まれ、ハッとする。  ナギを探していたらしいヨタカが、隣でホッと息をついた。 「離れるな。できるだけ固まって移動するんだ」  先ほどの黒ずくめの男が、真っ暗な道の先頭を歩く。  男の傍らに浮くひとつの綿々草(コットン・シーグラス)だけが、後続者にとっての唯一の明かりだ。  しかし進めど進めど、島への第二の扉に辿り着かない。  途中から脱落するものが増えた。  その度にナギは、ヨタカに体を引き摺られるようして前に進まなければならなかった。 「やはりか……」  オブシディアンが呻くように言う。 「島への人の受け入れは、古の協定で十名と決まっている。青印なしの変更はありえない。ということは……」 「この洞窟で、削るつもりか」  ヨタカの声は怒りで震えていた。 「人間の所業じゃない」 「これで、そもそも第二の扉が開くかどうかも怪しくなってきたな……。手っ取り早く、人の数を減らすためだけに、この洞窟に連れてきたのかもしれない」 「残るは、あの男が何らかの手を使って扉を開け、島に渡る可能性を残すのみか」  彼らの読み通り、人の数が減ると、男は初めて振り返り、おおよその人数を確認する仕草を見せた。そしてまた歩き出す。 「大丈夫か」  額に浮いた汗を拭き、ナギが頷く。  洞窟内は外より涼しい。しかし湿った空気が続き、しかも相当な距離を歩いたため汗が滲む。  少し後をオブシディアンと行くイスラ王も、きつそうだった。  イスラ王の痛み止めは効いているが、無理をしていい体ではない。 「おそらくわざと遠回りしている」 「人の数を減らすため……?」 「ああ。だがそれもようやく終わるようだ。……見ろ」  道は突如、開けた場所に出た。 「この扉が……」  目の前の重厚なその扉は、原石でできている。  ナギには馴染みのあるものだった。  父の眠る部屋のそれが、この扉とよく似ている。 「一体どうやってこれを開けるつもりだ?」  固唾を呑んで、男の動向を見守る。  男が扉に向かって手をかざす。  指が一瞬光ったように見えた次の瞬間、何の前触れもなく、扉が重い音と共に開く。 「まさか……そんな……」  ナギは大きな衝撃を受けた。 「話は後だ。行くぞ」  ナギたち一行は、列の一番後ろに回った。  扉を通る時、一度にたくさんの人間通れない。  その時がチャンスだと、最初から決めていた。 「扉を抜け、一番最初の枝分かれする道で、前の者たちが進む道と別の道へ潜む」  その計画通り、五人が身を潜める。  前の足音が遠ざかるのを待ち、それぞれがホッと息をつく。  ナギは閉まった扉を見つめた。 「気になるのか」  ヨタカには分かっていた。置き去りにしてきた人たちを思い、ナギが心を痛めていることを。 「助ける術を見つけたら、必ず助けに来よう」  ナギが深く頷く。 「さて、計画通り島へ渡ったけれど、これからどうするつもりかな?具体的な計画は?私は城内を歩いても捕まったりしないが、君たちはどうだろう」  アルワーンが悠々と、自身の服の埃を払いながら言った。まるで他人事のような物言いだ。オブシディアンとヨタカの眉間に皺が寄る。 「まぁ本土にいると、確かに捕まる可能性が高い。本来なら、島への通路を覚えているのは、私ぐらいなはずだったのだが……。君たちについて来てみれば、何だか面白いことになってきた。あの黒マントの男、道を熟知していたね」 「それに第二の扉が、ヤツに反応しているように見えた。……ナギ。あの扉、王族にしか反応しないんじゃないのか」 「……うん……そのはずなんだけど……」  ナギの返事は歯切れが悪い。 「ああ、君たち。あれは単なる手品(トリック)と同じだよ。彼の指輪に仕掛けがある。私のこれと似たようなものだ。どうも彼にも、多少なりとも錬金術の知識があるらしい」  アルワーンの指輪をナギが覗き込む。  指輪に嵌まる石のネオンブルーの中に、アパタイトキャッツアイが光っていた。 「何の変哲もない指輪にも、色々と仕掛けることができる。例えば私のものには、石の内部に錬成陣を彫ってある。これだけで、ちょっとしたものは錬成できる」 「じゃああの指輪にも……?本来扉は、王家の末裔にしか応えてくれないはずだけど……」 「例えばその王家の末裔の血を、錬成陣として指輪に刻む。後は王家についての知識があれば、仕掛けの錬成も可能だ。その血にうまく扉が反応してくれれば、後は指輪さえ持ち歩けばいい」 「そんなことができるんだ……」  驚きで目を丸くするナギに気をよくしたアルワーンが、鼻の穴を膨らませた。  ナギの顎を指で持ち上げ、口端をあげる。 「もっと知りたければ、今度私の部屋にくるといい。王家について私の知識を埋めてくれれば、私も、君の錬金術の知識を埋めてあげよう」  だがナギの純粋な瞳(ピュアブルー)を覗き込んだアルワーンは突然、ナギの顎を離した。 「君の瞳を見ると、やはりシラ王子を思い出すね。彼の瞳の色はトワイライト。君はシーティアローズ。まったく別の色なのに不思議だ」 「シラと会ってるの?」  アルワーンは答えない。ただ黙って、ナギの目を見つめ返す。  これまで見たことのない彼の表情が、ナギの視線を奪う。  しかしそれは続かず、アルワーンはすぐにいつもの、やる気の削げた顔に戻った。

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