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ヨタカの誓い
先の道を探りに行っていたヨタカとオブシディアンが戻ってきた。
ヨタカが戻るなり、ナギとアルワーンを見て、怪訝な顔をする。
気づいたナギは、反射的にアルワーンから距離を取った。
「連れてこられた人たちは、城には上がらず、前の森で解放されたみたいだ。森には水も食べ物もある。街への道は一本しかない。いざとなったら街へ行けるはずだ」
「男の方は?」
イスラ王が、ふらつきながら立ち上がる。
いつもなら駆け寄るオブシディアンが、それをしない。
唇を噛み、まるで自身が痛むところでもあるかのような表情で目を逸らす彼を見て、ナギは首を捻った。
また、ケンカでもしたのだろうか。
彼らのケンカはいつも、互いの青い炎 で火傷するようなケンカだ。
そして痕 が、いつまでも残る。
「男を見失ったのは、洞窟の中だ。ヤツは城には上がらず、みんなを出した後、また洞窟内に戻っていった。来た道を戻って鉢合わせていたらどうしようかと、少し肝を冷やしたぞ」
「洞窟から城を通らず島に出る道は、他にもあるのか」
聞かれたナギが頷く。
だが話すのを、少し躊躇うような様子を見せる。
「ある……けど……」
「ではその道を案内してくれないか。とにかく一旦、安全に休めるところを探したい」
「あの……、街に兵は、たくさんいる?」
おずおずとナギはヨタカに訊ねた。
「いや、街にはもうそれほどいないはずだ。仰々しく兵を置くより、王妃の一言の方が、島では物を言う」
「じゃあ、街を抜けて、島の漁師たちの村に行くのがいいと思う。街を抜けるって言っても、そんなに遠くないし、彼らはきっと、俺たちを匿ってくれると思う」
「ではそうしよう」
アルワーンの案内で洞窟を進むと、ナギにも見覚えのある道へ出た。
だがその辺りから、ナギの様子はおかしくなった。
足が遅くなり、のろのろと、気づけば一番後ろにいる。
ヨタカは彼の腕を引いた。
「どうした?何か気がかりでもあるのか?言ってくれ、ナギ」
「ヨタカ、どうした。何か問題か」
「いや……。すまないが、アルワーンに案内させて、先に行ってくれ。すぐ追いつく」
二人で残った洞窟の中。
ナギが話すまで辛抱強く待ったヨタカがその声を聞いたのは、オブシディアンたちの足音が完全に聞こえなくなってからだった。
「あの、こっちの道を少し行ったところに、扉があって……」
「そこに行きたいのか」
「うん……。もう、しばらく、行けないかもしれないから……」
「じゃあ行こう。……ほら。早くしないと、あいつらに追いつけなくなる。漁師との交渉で、あのメンバーが普通に話をできると思えないしな」
「どうして?オブシディアンがいるのに」
「確かにあのメンバーでは、オブシディアンが一番まともだ。だが相手は漁師だろ?適任は、ナギか俺だ」
「そう言えば、ヨタカは昔、漁師をしてたんだっけ」
「ああ。祖父と二人、よく漁に出かけた。祖父は酷く無口だったが、誰より逞しくて、優しい漁師だった」
両親を失い、唯一の身内だった祖父を亡くし、ヨタカは天涯孤独となった。
「……言っただろ。俺のために胸を痛めなくていい。もう遠い昔の話だ」
その逞しくて優しかった祖父の意志を、ヨタカは受け継いでいる。ナギはそう思う。
ナギを見つけた綿々草 が近づいてくる。
暗い闇の中からボウっと光るものがふらふらと飛んでくるさまが、隣のヨタカをギョッとさせた。
ナギが笑いながら、剣に手をかけたヨタカを止める。
綿々草のおかげで、足元はかなり楽になった。
懐かしい扉の前。
ナギは冷たい水晶 の表面に触れた。
「すごいな……」
思わずと言った感じで、ヨタカが唸る。
本土側の扉も似たような造りだが、やはり島の方が本家本元。その造りもより豪華だ。
「バハル・ティンニーン・ナギ・シーティアローズ、バハル王に謁見する」
その声を聞いたヨタカが目を見開く。
扉が、静かにゆっくりと開いていく。
中から冷気が漏れ、二人の足元を流れる。
「……俺はここで待ってる」
「ううん。もし嫌じゃなかったら、ヨタカも一緒に来てほしい。ここへ来る前、ヨタカを父上に会わせたいって、何となく思ってたんだ。父上とヨタカ、きっと話が合うよ」
二人が中へ入ると、扉は自動的に閉じた。
冷えた空気が二人を迎い入れる。
「父上……。ずっと来られなくてごめんなさい。こんなに父上と会わなかったのは、初めてだね。それで……、またしばらく来られないかもしれないんだ」
冷気の白い空気が去り、バハル王の姿がヨタカにも見えた。
「バハル王……」
その姿は青く、光る結晶と化している。人と、到底呼べるものではない。
かつて手だったそこに触れ、驚くヨタカにナギが微笑む。
「父上が竜涙石 になった原因は、今でも分からないんだ」
「竜涙石 ……」
「そう。この石。段々、周りの石と同化してて、いつか……」
その先を言わなかったが、ヨタカには十分だった。
「ある日突然、竜神様の声が頭の中で響いたんだ。あんなの、初めてだった。急いでここに降りてきたんだけど……、その時はもう、母上が、こうなった父上に泣き崩れてた。後にも先にも、あんなふうな母上を見るのも、初めてだった」
そう語るナギの顔が俯く。
「治す手はないのか」
ナギの髪が微かに揺れる。
「……アルワーンなら、何か分かるかもしれない。ヤツは、島で取れる珍しい石の研究も始めたと聞いた。ヤツなら、何か……」
だがヨタカにも分かっていた。
結晶となった人間が元に戻る。
それがいかに現実的でないかが。
下手な慰めはまるで効果がない。
ヨタカが震えるその肩を引き寄せる。
「あまり、あれもこれもと、一気に全てを思い悩むな。まずは目の前のことをどうにかしよう。……ナギ。俺もここへ来る前に考えていた。お前がもし城に帰りたいなら、このまま、俺が責任を持って、お前を家族の元へ送り届けてやる」
「でもそんなことしたら……」
「イスラ王には、迷子になったんで置いてきたと言う。それに実際イスラ王も、今はお前に構っている場合じゃないはずだ。解毒剤のことは、アルワーンが秘密裏に動いている。本来クーデターに巻き込まれたりしなければ、きっとナギは島に返されていたはずだ」
「けど俺を人質に母上を脅してるんじゃ……」
「それはアルワーンの策だ。オブシディアンほどじゃないが、俺もイスラ王のことは知っている。そういう卑怯な手を、好む人じゃない。……どうする?」
お前が選んでいい。
ヨタカの声はいつも以上に優しい。
少しの間考えていたナギは顔を上げた。
「一緒に行く。一体何が起こってるのか知りたい。もし本土も島も巻き込んで、誰かが悪いことを企んでるなら、止めなきゃ」
「……分かった」
ヨタカが突然、床に膝をついた。
剣を傍に置き、バハル王に向かって拝礼する。
そして三本の指を厚い胸に置く。
「会うのはこれが初めてだ。ここで誓う。月並みなことしか言えないが、どうか俺を信じてほしい。ナギは必ず、俺が責任を持って、無事に家族の元へ返す。何があっても、俺が守る。——この命に変えても」
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