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監禁
さて。遡ること少し前。
ジン……もといアルワーンが、ナギの開けた小瓶に召喚される前のこと。
ぐったりとベッドに横たわるシラに、ウミガラスの指が触れた。
武骨で大きな指が、汗で張り付くシラの髪を掻き分ける。
その動きは酷く不器用だ。
あまりにも不器用なので、擽ったいことこの上ない。シラはついに我慢できなくなった。
「ッ……やめろよっ」
実は狸寝入りだったので、我慢できないのも当たり前だ。
ウミガラスは眉ひとつ動かさず、払われた手を見つめる。
この男と、寝台に縫い止められるようにしてずっとこの部屋にいる。
その間ずっと、ただの一言も、男の声を聞いたことがない。
「いい加減、何か言ったらどうなんだ」
シラは何とか動く腕の力を振り絞り、相手に拳を振り上げる。
だが目の前の男は、難なくシラのそれを受け止める。
「毎日毎日、こんなことばかりして……頭がおかしいんじゃないのか」
怪しい薬と香のせいで、体は思うように動かない。
口にするのも憚れるようなところは、いつまでも熱を持ち、この男のものがずっと入っているかのよう。
自分の体であって、もう自分の体じゃない。
シラの中で、大切な何かが変わってしまった。
「っ、何か言えよっ」
汗でくたびれた枕 を投げつける。
ウミガラスが易々とそれを交わす。
この手のやり取りを、もう一体何度したかしれない。
どんなにシラに殴られても蹴られても、物を投げられても、ウミガラスは一言も声を発しようとしなかった。
「とにかく俺から離れろッ……ぅ……」
動いた拍子に、あらぬところに痛みが走る。
身を捩ったシラには、しかし更に不快な思いが待っていた。
「……っ……うっ……」
太ももに何かが垂れる感触がある。
あまりの羞恥に、シラの目尻は赤くなった。
どうして王子ともあろう自分が、こんな思いをしなくてはならないのか。
あの戴涙式 の日、突如城に現れたイスラの兵たち。
その時シラは、王妃やナディアたちといた。
取り囲む兵に抵抗していたシラだったが、そこへ現れたのが、錬金術師だという胡散臭いアルワーンと、その侍従であるこのウミガラスだった。
剣技はもちろん、忙しい間も鍛錬を欠かさず、筋力トレーニングもやってきた。
シラには、城に侵入した兵士たちを、先陣を切って倒す自信があった。
だがウミガラスの力にねじ伏せられた挙句、アルワーンの錬金術によって眠らされ、気づいたら城の客室の寝台に、鎖で繋がれていた。
どうしてイスラから兵が来たのか、知らされたのは「視察」という言葉のみ。
その後、アルワーンに着ていた服を脱がされた。
その時の恥辱を思い出し、シラの頭が沸騰しそうになる。
アルワーンはシラの至るところに触れた。
けして他人に触らせないようなところにも、何度も。
「海の涙の花 が花咲いている。これは満開だね。君が第一王子である証だ。そうだろう?」
錬金術師はそう言い、怪しく眼を光らせた。
王家の末裔の証である、海の涙の花 。
その神聖な蕾の場所は兄弟でも知らず、両親しか知らない。
「証がこんな位置にあるなんて……、何ともイヤラシイじゃないか。ウミガラス、そう思わないか」
その場所を暴かれ、見られたことは、辱めに近かった。
ましてやあの錬金術師は、シラの証に何度も触れた。
シラやウミガラスが放ったもののついた、汚れた手で。何度も何度も……。
ハッと我に返る。
すぐ目の前で、ウミガラスがシラの顔を覗き込んでいた。
彼にさんざん酷使された体が、反射的に竦む。
シラは、そんな自身の恐怖を殴るようにして、ウミガラスの肩を押しやった。
「近づくなっ」
しかし屈強な体躯はびくともしない。
ウミガラスは無言のまま立ち上がると、バスルームへ消えた。
しばらして戻ってきた彼の手には、お湯とタオルがあった。
絞って差し出されたそれに、シラが目を瞬く。
タオルからはボタボタと、お湯がまだ垂れている。
「……湯を貸せ」
シラがタオルを絞る様子を、ウミガラスがただ黙って見ている。
それは見ているというより、見つめているに近い。体を拭く最中にも、その視線はシラから離れない。
その視線にシラは背を向けた。
足首の鎖が嫌な音を立てる。
鎖は短く、場所も足首にだけ。
しかし鎖には錬成陣が刻まれていて、外へ繋がる扉にかけられた仕掛けと連動している。
扉に近づこうものなら、雷に打たれたような衝撃がシラを襲う。そしてしばらくの間、動くことさえままならなくなる。
部屋を歩き回るのも、バスルームへ行くのも、鎖に許可されなければならない日がくるとは、思ってもみなかった。
「っ……」
シラの性器にはガラスが被さったままだ。
抜こうとしてみたが、やはりそれは動かない。
よく見ないと分からないガラスでも、つけているシラには大いに違和感がある。
突然、後ろから腕が伸ばされる。
飛び上がりそうなほど、シラがそれに驚く。
「なっ……」
ウミガラスの太い指が、ガラスに触れた。
彼の胸の辺りが薄く光ったかと思うと、緊張するシラをよそに、ウミガラスはガラスを引き抜いた。
違和感がなくなったそこを見る。
ずっと力が入りっぱなしだったシラの肩から、ようやく少しそれが抜けた。
ウミガラスはガラスを適当に放り、シラの使ったタオルを片付けに行く。
「……一体、何者なんだ……」
このウミガラスという男、どうにもつかみどころがない。
全く喋らず、感情の線が切れているのでは疑うほど、表情が読めない。
彼の感情が唯一分かるのは、媚薬で朦朧とした意識の中でだけだ。
シラの中で果てる時、ウミガラスがその眉根を寄せ、快感に耐える顔をする。
彫りの深い目がシラを捉え、苦しそうに唇を噛む。
そしてシラの中に、いつも大量の彼のものが放たれる。
「……なに……考えているんだ俺は……」
頭の中の映像を消そうと、シラが大きく首を振る。
解けた髪が揺れ、シラの顔を覆った。
「そうして髪を垂らして寝台にいると、まるで王が寝台に来るのを待つ姫君と、そう変わらないな。……まぁ、多少体格が良くて、筋肉質なところに目を瞑れば……だけれど」
全く気配がしなかった。
シラは自身の体が強張るのを感じた。
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