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第31話 寒く、冷たい雨

 紬と恭介に会った後。  時雨は放心状態で自宅にいた。  どうやって帰ってきたかは覚えていない。  紬は大切な親友だった。それがある日番に。  番になったのは事故ではあったのだが、それでも幸せに溢れていたことを覚えている。  基本的に恥ずかしがり屋な紬なので、甘え方が分からずにオロオロしていたのも可愛かったし、そんな紬を甘やかしている時間は逆に時雨が癒されていた。  ──それなのに。  番がいるαには特別な休暇がある。  ある日の仕事中、紬から連絡が来て休暇を取り慌てて帰宅しようとした時雨に向けられる白い目。  同期は「仕方ないよ。早く帰ってあげな」と言葉をかけてくれるのだが、白い目が記憶に残って消えてくれない。  帰宅すれば巣を作ってそこでグズグズになっている紬がいる。  時雨が優しく頭を撫でると、紬は花が咲くように笑って「おかえり」と言った。  白い目の記憶が、紬の笑顔に上書きされる。 「ただいま」  時雨は何故か泣きそうだった。  心がギュッと締め付けられているようで。  □  紬の発情期が終わり、長らく休んですみませんの気持ちを込め菓子折を持って出勤した時雨に、皆特に何も言わないがヒソヒソ小声で何かを話しているのがわかった。 「おはよう。」  声を掛けられる。相手はあの同期だった。 「あ……おはよう。ごめん、長く休んで……」 「仕方ないって。仕事溜まってるだろうし何かあれば手伝うから言って。」 「ありがとう」  そうして毎回同期にフォローしてもらっていたのだが。  ある日同期が呼び出され、昇進すると知った。  おめでたい筈なのに、喜べない。  自分はαなのに、どうしてαでもない同期が先に……?  時雨はαは人の上に立つ者だと思っているので、同時にスタートした筈の人間が、自分より上にいるのが気に食わなかった。  そこから、心のバランスが取れなくなった。  きっと自分が上にいけなかったのは長い間休んだからだ。  その間はどうしても仕事ができない。  番の面倒をずっと見てあげないといけないから。  ああ、αにとってもΩってやっかいなそんざいだ。  時雨は一人で悩み、怒って、歪んだ答えを出した。  紬に連絡することなく一人で酒を飲みに行き、泥酔して帰宅する。  心配そうに見てくる紬に腹が立った。 「大丈夫?」  時雨の肩に紬が手を伸ばす。それすら時雨はうざったく感じて、その手を叩き落とした。  紬の顔が驚愕の色に染る。 「お前が……」 「ぇ、何……?あ……とりあえず、お水飲む?」 「お前がいるから、昇進できないんだよ……」 「ぇ……」  時雨の手が紬の胸倉に伸びる。  紬は頭皮を無数の針で刺されたようなヒヤッとした感覚に抵抗もできない。 「発情期なんかクソ喰らえ……!」  時雨は紬から離れると自室に入ろうとする。  ボソッと紬の「ごめん」という声が聞こえたのだが、時雨は返事をできず大きな音を立ててドアを閉めた。

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