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高校2年 罪悪感と欲望

 夏休みが明けて新学期に入るとすぐ、学園祭の準備が始まり校内がなんとなく賑わってくる。  特進クラスは他のクラスのように店を出したり、出し物をしたりはせず、皆、適当に研究発表などをまとめたものを展示して当日は休むか、他のクラスを見に行く。学園祭の後にすぐ中間試験が控えておりそれどころではない、という生徒が特進クラスには多いからだ。  寛太朗(かんたろう)も去年と同じく、適当にレポート提出をして当日は休むつもりだ。 「藍田先輩、学園祭、一緒に回りませんか。」  寛太朗は百花(ももか)が作ってきた弁当を食べている時にそう誘われた。 「あー、学祭、俺、休もうかと思ってて。特進はレポート提出でいいからさ。」 「あ、そっか・・。」 「うん、ごめん。百花ちゃんのクラスは?何やるの?」 「うちはシフォンケーキ屋さんです。色んな味のシフォンケーキ、自分たちで焼くんですよ。」 「へぇ。じゃあ当日は百花ちゃん、忙しいんじゃないの?」  あまり興味が湧かないまま尋ねた。 「お店に立たなきゃいけないですけど、みんなで交代してやるんで結構、休み時間作れるんです。」 「そうなんだ。」 「先輩と回りたかったな。」  残念そうに笑う百花の横顔に、夏休みに見た美己男と妹になるかもしれない、と言っていた女の子の笑顔が一瞬ちらついた。 「そう?じゃあ、ちょっとだけ来ようかな。百花ちゃんの休み時間に合わせて。」 「え?ほんとに?いいんですか?嬉しい。」  頬をピンク色にして飛び上がらんばかりに喜んでいる百花を見て、俺だってちゃんと彼女を喜ばせることぐらいできるんだからな、と心の中で呟いた。    *   *   *   *   *  百花と約束した時間よりも少し早くに学校に到着した。思っていたより大勢の人がいて賑わっている雰囲気に少し気後れする。  学園祭は普通科と工業科は土・日の一日ずつで、普通科は土曜日の開催だ。明日は工業科の学園祭が行われる。 「寛っ、3年のクラスに可愛いコスプレのカフェやってるとこあるんだって。一緒に行こうぜ。」  理貴(よしき)が寛太朗を見つけて走り寄ってきた。 「無理。今から百花んとこ行かないと。」 「えー、じゃあ、俺も一緒に行く。」  理貴が肩に手を回してくる。 「百花ちゃんと結構続いてるねー、寛。いい子そうで良かったじゃん。可愛いし、胸、でかそうだし。」  理貴が嬉しそうに寛太朗に顔を寄せる。 「うん、まぁ。」 「どのくらい続いてんの?」 「えー、5か月くらい?」 「くらいって、お前。ちゃんと日付とか覚えてないの?もうすぐ半年記念じゃん。何かしてやるんだろ?」  理貴にそう聞かれ、寛太朗は驚いた。 「え?しねーよ、なんも。」  理貴が寛太朗の首に回した腕をギュウと締める。 「バカなの?寛。そういうのちゃんとしてやれって。百花ちゃんあんなに一生懸命なのに可哀そうだろ。」 「そういうのしたくないんだよ、俺。それでもいいって言うから、付き合い始めたんだし。」  理貴が呆れた顔で寛太朗を見た。 「そりゃ、それで良いって言うだろ、良くなくても。そういうのは、大抵、良くないんだよ。して欲しいの。」  理貴の言っていることは理解できるし、実際そうなんだろう、とも思うのだが、煩わしさが先にたってしまう。 「まぁ、分かるけど。」  寛太朗はぼやく。 「はぁー、寛ちゃんはほんと、ダメダメだねぇ、そういうとこ。頭良くて優れた技持ってるのに?」 「うるせ。」 「もうエッチした?やっぱ胸でかい?」  理貴が明け透けに聞いてくる。理貴は本当にこういうところ、ためらいもなく聞いてくるよな、と思わず笑った。 「まだ。」  理貴がえっ?と体をのけ反らせた。 「まだ?5か月も付き合ってて?マジか。それはもう、来月の半年記念をバッチリ決めないとな。何する?一緒に考えてやるからさ。」  ムフフ、と笑う。 「何で理貴がそんなに盛り上がってんだよ。」 「えー?だって、嬉しいじゃん。友達が彼女とうまくいってんの見るのとかさ。」  理貴は本当に身内に甘いな、と寛太朗は思う。気に入った仲間にはとことん親切で何でもしてやろうとするし、何もかもを知りたがる。   だが、なぜか美己男の事に関してはいつもあからさまに嫌な顔をした。美己男の名前を出すだけで、すぐに不機嫌になってしまうのだ。二人は接点もないし、嫌がることをわざわざ言うこともないだろうと、最近は話題にするのを避けているが、時々、隠し事をしているような罪悪感のようなものを感じるのは確かだ。 「百花ちゃん、6か月記念で何かしたいこととか、ある?」  寛太朗は隣で勉強している百花に訊いてみた。 「え?覚えててくれたんですか?」  明らかに何かを期待している顔で百花が寛太朗を見た。  正直なところ覚えてもなかったし祝う気もないのだが、理貴が人の記念日で盛り上がって面倒臭いのと、こないだ美己男が女の子と一緒にいる姿を見かけて対抗心のようなものが湧いた結果、本人に直接希望を聞く、という短絡的な解決方法を取った。 「そんな、何もないです。一緒にいられれば。」  その言葉で寛太朗はすでに少し面倒臭いな、と思い始めた。こういうやりとりを続けるよりは、はっきりと言ってもらったほうが良い。 「そう?どっか行きたいところとか、欲しいものとか。って言っても、そんな高いプレゼントとかはできないんだけど。」 『あまり大袈裟なことを要求されても困る』という意思表示をさりげなく込め少し目を伏せた。 「あ、そんなっ。いいんです、本当に。一緒にいて欲しいだけです。」  百花がニッコリと笑う。 「そう?じゃあ、その日は図書館じゃなくて、どこかに行こうか。百花ちゃんの行きたい所。」  その日が正確には何日かわからないが、寛太朗はそう言った。 「じゃあ家に遊びにきませんか?あの、私、ケーキ焼くのでそれで一緒にお祝いしたいなって・・。」  顔を真っ赤にしている。 「え?いいの?百花ちゃん家に行っても?」  これはどう考えても誘われている。 「百花ちゃんがそうしたいならそうしよっか。」  うつむいた百花の顔を覗き込むと、百花は小さく頷いた。  結局はっきりと何日が記念日なのかわからぬまま、百花の家に招待され行くことになった。 「あ、どうぞ、適当に座ってて下さい。今、ケーキ持ってきますね。」  百花の部屋に通される。どうやら家には誰もいないようだ。 「あ、ありがとう。これ、飲み物、何がいいかわからなくて。」  そう言って寛太朗はアルバイトをしている高級スーパーで買ったやたら高いオーガニックのオレンジジュースを渡した。 「わ、ありがとうございます。え?これ、すごく好きなやつです。おいしいですよね。嬉しい。」  彼女の家に行くのに手土産など全くわからなかったから手っ取り早く、一緒に働いているパートの奥さんが薦めてくれたものをそのまま買っただけだったが、百花はとても喜んだ。  百花は可愛らしい丈の短い花柄のワンピースにいつも以上にくるくると巻いた髪を揺らせて部屋を出ていった。  一人、取り残されて、部屋を見回す。百花の部屋はこれでもか、というくらい女の子の好きそうなもので溢れていた。フワフワでキラキラしたものがあちらこちらに散りばめられている。嘘みたいに何もかもが可愛らしくて綺麗で、汚れていない、まるで百花そのもの、といった部屋の様子に寛太朗は薄笑いを浮かべた。 「先輩?何かおかしいですか?」  百花がお盆に綺麗に飾り付けられたケーキと寛太朗が買ってきたオレンジジュースをのせて部屋に戻り訊いた。 「いや、百花ちゃんらしい部屋だなって思って。」 「私らしいって、どういう意味ですか?」  百花が小首をかしげる。 「ん?なにもかも可愛いって意味。」  寛太朗は隣に座った百花に顔を寄せてチュッと軽くキスをした。  百花が顎を少し上げて寛太朗の唇を受ける。 「これ、百花ちゃんんが作ったの?」  クリームと高級そうな大きなブドウがふんだんに載ったケーキを切り分けてくれる。 「はい、先輩、こういうの好きだといいんですけど。」 「ありがとう。百花ちゃんが作ってくれたものならなんだって嬉しいよ。」  そう言いながらケーキを口に入れると、甘酸っぱいブドウとフワフワのクリーム、甘い焼き菓子の香りが胸やけしそうな程に襲ってきた。あまりにも自分がこの空間にそぐわないことに息が苦しくなる。  なんとか皿の上のケーキを食べ終わり、オレンジジュースで流し込んだ。  甘いクリームを食べた後だからか、やたら酸っぱくて苦い。 「もっと食べますか?」 と訊かれ 「うん、後で。」 と百花の目を見つめながら答えた。  顔を寄せ、キスをする。何度も、離れては口づける。段々と熱を帯びてきて、百花も唇を押し返してきたタイミングで床に押し倒した。 「先輩・・。」  百花の声が掠れる。  期待の眼差しで潤んでいる。 「いい?百花ちゃん、大丈夫?」  百花はコクリと頷いた。 「大丈夫。」  囁くような声で答える。  ベッドに移動して寛太朗は百花のワンピースを脱がせた。  理貴の予想通り、小柄な割にはたっぷりとした胸を手で隠している。  寛太朗もシャツを脱いで放るとボディバッグの中からコンドームの袋を出した。  百花がその様子をじっと眺めている。  寛太朗はまだ半勃ちのモノを握って擦り、ゴムを被せた。  百花に覆いかぶさりキスを再開する。しばらくして寛太朗は 「いい?挿れるね。」  そう言ってゆっくりと中に入ると百花が切なそうに呻いた。  小さくて柔らかい体が汗ばみ熱くなっている。  寛太朗はその様子を見ながらひたすら腰を揺すり続けた。額から汗が滴り落ちる。だが、体がどんどん冷えていくのがわかった。    ダメだ、最後までできない  寛太朗はそう気づきながらも、動き続けた。 「先輩、も、ダメ。」  百花の悲鳴のような声がして、寛太朗は体を起こした。 「あ、ごめん。」  寛太朗は汗を拭った。  百花が顔を腕で顔を隠しながら、ブルブルと足を震わせている。  ハァハァとお互いの呼吸音だけが部屋に響くのを冷めた気持ちで聞きながら、寛太朗はゆっくりと百花から離れるとゴムを引き抜きドサリとベッドに倒れ込んだ。 「先輩・・。」  百花の目に涙が浮かんでいる。 「ごめんなさい、私・・・。」  まだ足をブルブルと震わせている。 「あ、違うんだ。ごめん、俺のせいだから。百花ちゃんは悪くないから、ほんとごめん。」  寛太朗は百花を抱きしめた。 「最後までイってませんよね、先輩。」  百花が起き上がる。 「あー、でも気にしないで。」  いきなり百花が寛太朗の萎えたモノを咥えた。 「え?いや、あの、いいって。」  思わず腰を引く。 「あの、百花ちゃん、待って、ほんと、いいから。」  小さい口で懸命に寛太郎を咥える百花を見下ろした。綺麗に巻いていた髪がすっかり乱れている。 「ごめん、百花ちゃん。離して。」  百花が顔を上げた。憐みの色が目に浮かんでいる。寛太朗は百花の視線に耐え切れず目を逸らした。  その後、どんな事を話したのかもよく覚えていないまま、気まずい雰囲気で寛太朗は服を着ると百花の家を出た。  しばらく歩くと気分が悪くなってきて、さっき食べたケーキとオレンジジュースが喉元までせり上がってくるのを感じた。寛太朗は我慢できなくなり、道端にしゃがみこんで食べたものを全て吐き出してしまった。        *   *   *   *   *  学園祭が終わると、一気に中間試験モードに拍車がかかる。寛太朗も時間を惜しんで勉強する毎日だ。  百花との気まずい半年記念の後、別れ話になるかと思ったがなぜか百花は前よりも親密な空気を出すようになった。先輩寂しそう、に可哀想、が追加されたのだな、と寛太朗は感じる。  それでも寛太朗は変わらぬ態度のまま百花と接した。昼休みに食堂で作って来てくれた弁当を一緒に食べ、外に出る。百花がなにやら話しながら腕に回してくる手に、寛太朗は反射的に身を縮めてしまう。  その数メートル先、ふいに赤いつなぎ姿の美己男(みきお)が他の生徒たちと一緒に笑いながら体育館から出て来るのが見えた。階段を降りて、美己男だけが背を向けて歩き出し、他の生徒たちはこちらに向かって来る。  美己男は作業用ゴーグルをブラブラと手にさげ、遠ざかっていった。      ああ、作業棟に行くのか  寛太朗は美己男の友達たちとすれ違う寸前で百花の手をほどいた。 「先輩?」  百花が寛太朗を見る。 「あ、ごめん。俺、次の授業の準備当番だった。悪いけど先に行くわ。」  そう言って百花の顔を見ずに駆け出した。  赤いつなぎの背中が迫ってくる。そのまま、寛太朗は美己男を追い越した。その瞬間、手の甲が触れる。ビクリと美己男が反応する気配がしたが構わず走り抜け旧校舎に飛び込んだ。階段を駆け上がると下から追ってくる足音が聞こえてくる。3階で待ち受けて、美己男のつなぎの胸元を掴むと壁に押し付け激しく唇を吸った。 「んんっ。」  一番奥の教室に美己男のつなぎの胸元を握りしめたままなだれ込み鍵をかける。 「寛ちゃん?どうしたの?」  美己男の髪を掴んで口の中を舐めまわした。  自分でもどうしようもないほど熱く欲望が渦巻いていて止められない。    触れたい    触れて欲しい    早く挿れたい    早く挿れさせて欲しい    寛太朗は張りつめすぎて痛むモノを下着から掴んで出した。 「あー、勃ち過ぎて痛い。」  美己男の肩に凭れて寛太朗は呻いた。 「待ってて。」  美己男がバタバタとロッカーを開け、コンドームの袋を口に咥え、袋を開けながら戻ってきた。つなぎを脱ぎ捨てる。 「何でそんなとこに。」  寛太朗は自分で握りながら切なく眉を寄せる。 「ここ、みんなヤリ部屋で使ってるでしょ。クラスの子が前にここに隠してるって言ってて。嵌めたげる。座って。」  誰が持ち込んだのかエアベッドが置いてあり、寛太朗はその上に座った。 「寛ちゃん、すごい固くなってる。」 「ん・・。ヤベぇ・・。」  美己男がゴムをツルツルと嵌めると寛太朗に(またが)った。 「あ、待て、みー。まだお前・・。」 「いいよ、平気。寛ちゃんのほうがつらそう。」  美己男がそう言いながら腰を沈めた。 「っつ。」  美己男の眉が苦しそうに寄る。 「痛い?」  だがもうすでに半ばまで入ってしまった。 「大丈夫っ。もっときていいよ。」  寛太朗は美己男の唇を吸いながら一気に奥まで突いた。 「んんんっ。」  強くお互いにしがみつく。 「みー、きついっ。」  寛太朗は必死に決壊するのを耐える。 「寛ちゃんっ、俺、ダメっ。」  美己男はあっという間に白い液を飛ばした。  寛太朗は繋がったまま美己男を抱えてグルリとベッドに押し倒した。 「ごめん、みー。痛いだろ?」 「大丈夫。寛ちゃんの好きにして。」  美己男が寛太朗の瞳を見つめる。 「まだイケる?」 「うん。チューして。」  寛太朗はチュク、と美己男がつきだしてきた舌を吸いながら腰を揺すり中を擦った。 「あー、寛ちゃんが擦るの、好きぃ。」  美己男がまた腰を浮かせ震える様に寛太朗の全身の血が沸騰する。 「みー、俺もイキたい。」  んっ、んっ、と美己男が喉を鳴らす。 「いいよ。寛ちゃんっ、きてっ。」  思い切り奥まで突き上げ、美己男としか分かち合えない快感に身体を震わせると寛太朗は熱い体液を吐き出した。 「あー、みーの中、やっぱ出る。すげぇ出てる。止まんねぇ。」 「ん、いっぱい出して、寛ちゃんっ。」    美己男も体を震わせ寛太朗の頭を胸に抱きかかえる。  こんなにも抑えのきかない自分に動揺すると同時に、それも全て受け止める美己男がいることに寛太朗はひどく安心した。 「もうすぐ予鈴だ。行かないと。」  このまま眠ってしまいたいぐらいだるい体をノロノロと起こす。 「みー、平気?起きれるか?悪い、乱暴にして。」 「ううん、大丈夫。寛ちゃん先に行って。俺、遅刻しても平気だから。」  美己男が寝転んだまま、ニコと寛太朗を見上げて笑う。 「ん、じゃあ、先行くな。」 「大好きだよ、寛ちゃん。」  えくぼをへこませる美己男の頭を撫でて教室を出ると、隣のトイレに入って手を洗い、鏡を見た。鏡の中の顔はまだ上気していて赤い。  予鈴が鳴るのが聞こえて、寛太朗は冷たい水で顔を洗うと急いで廊下に出た。 「先輩?」  その声にギクリと足を止め顔を上げると、目の前に百花が立っていた。 「百花ちゃん・・。何で・・?」  寛太朗の顎からポタポタと水が垂れる。 「先輩、様子おかしかったから。どうしたんですか。顔、濡れてます。」  百花が近寄ろうと一歩踏み出した時、後ろのドアが開く音がした。 「寛ちゃん?まだいた・・。」  つなぎに肩を入れながら出て来た美己男の顔も上気して目元が赤い。二人で何をしていたのかが一目瞭然だった。  百花の顔が怯えた表情になり踵を返して走り出した。 「あっ、待って。」  美己男が鋭く叫んで追いかけようとする。  寛太朗は美己男の腕を掴んだ。 「みー、待て。」 「でもっ、寛ちゃん。口留めしないとっ。言いふらされちゃうっ。」  美己男が湿った声で言う。 「大丈夫。言いふらしたりしないよ。」 「でもっ。」 「俺がちゃんとするから。大丈夫。」 「あ・・、寛ちゃん、ごめんなさい。」 「お前のせいじゃない。俺のせいだから。心配すんな。」  寛太朗は美己男の瞳を見つめた。 「怖いか?」  美己男が首を横に振る。 「ううん、平気。寛ちゃんと一緒だから。」 「ん。じゃ、俺、行くわ。」  寛太朗は階段を駆け下りた。      クソッ    理性が飛んでつい学校で美己男を追いかけてしまったことを激しく後悔する。  校舎の外に出て見回すが百花の姿はもうなかった。 「なー、寛。どうしたの?百花ちゃんと喧嘩した?」  1週間が過ぎて百花と会っていないことに理貴が気が付いた。 「あー、まぁ。そんな感じ。」  寛太朗は言い淀んだ。 「何、なんで。とりあえず、謝っちゃえば?な?一緒に謝りに行ってやるからさぁ。」 「お前が謝ってどうすんだよ。」  然がいつものように呆れて言う。 「いや・・、大丈夫。自分で行くよ。」      ちゃんとしなきゃな  寛太朗は放課後、百花のクラスに赴いた。  百花が寛太朗の姿を見て、憐憫なのか嫌悪なのか恐怖なのか、よくわからないなんとも言えない表情を浮かべる。 「百花ちゃん、少し話せる?」  キャアキャアと小さく声を上げながらこちらを見ている女子たちにチラリと目をやり、 「じゃあ、屋上に行きませんか。」 と百花は早足に屋上に向かった。寛太朗も頷いて後を追う。 「結構寒いですね。」  屋上に出ると肩を(すく)めながら百花は呟いた。 「百花ちゃん、ごめんね。もう百花ちゃんとはつきあえない。本当は最初から断らなきゃいけなかった。ごめん。」  寛太朗はそう言った。 「いえ、先輩に最初からその気がなかったのわかってたのに、私が無理矢理付き合って欲しいって言ったから。付き合えば好きになってもらえる自信あったんですけど、上手くいかないし。なんかおかしいなぁ、って思ってて。でも、その理由があれって、さすがに思ってもみませんでした。」  百花の声音に嫌悪が(にじ)む。 「私と最後までできなかったのもそれが理由ですか?女の人とはできないんですか。」 「うん、そうみたい。」 「そうですか。なんか可哀想。あんな人としかできないなんて。」    あんな人?   『あれ』呼ばわり、なのか?  寛太朗の胸に黒いものが沸き上がり口から飛び出す。 「百花ちゃんも可哀想。」  え?と小さく言うと百花が寛太朗を見た。 「どういう意味ですか。」 「工業科のしかも男に彼氏取られちゃうなんて、百花ちゃんも可哀想だねって。」  寛太朗は冷たく言い放った。  百花が目を見開く。 「先輩、サイテー。私より男とヤるほうがいいとか変態じゃん。先輩の目、真っ黒い穴みたいでキモチわるっ。」  そう言い捨てて走って行く後ろ姿を寛太朗は黙って見送った。  フェンスにもたれて下を眺めていると、百花が一人でポツリと歩いて帰って行く姿が小さく見えた。最後でつい百花の言葉に過剰に反応してしまったが、あれだけ言えば言いふらす心配もないか、と小さく息を吐いた。 「過剰防衛だったかな。」  頭では分かっていても心はそうはいかないことがあるって、前に誰かが言っていた。  寛太朗は美己男にメールをしようかどうしようか迷い、また抑えきれないほど会いたくなりそうでやめた。

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