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高校2年 秋の始め

 夏休みが明けて新学期に入るとすぐに学園祭の準備が始まり校内がなんとなく賑わってくる。  特進クラスは他のクラスのように店を出したり出し物をしたりはせず、皆、適当に研究発表などをまとめたものを展示して当日は休むか他のクラスを見に行く。学園祭の後にすぐ中間試験が控えておりそれどころではない、という生徒が特進クラスには多いからだ。  寛太朗(かんたろう)も去年と同じく、適当にレポート提出をして当日は休むつもりだ。 「藍田(あいだ)先輩、学園祭、一緒に回りませんか」  寛太朗は百花(ももか)が作ってきた弁当を食べている時にそう誘われた。 「あー、学祭、俺、休もうかと思ってて。特進はレポート提出でいいからさ」 「あ、そっか・・」 「うん、ごめん。百花ちゃんのクラスは?何やるの?」 「うちはシフォンケーキ屋さんです。色んな味のシフォンケーキ、自分たちで焼くんですよ」 「へぇ。じゃあ当日は百花ちゃん、忙しいんじゃないの?」  あまり興味が湧かないまま尋ねた。 「お店に立たなきゃいけないですけど、みんなで交代してやるんで結構、休み時間作れるんです」 「そうなんだ」 「先輩と回りたかったな」  残念そうな百花の横顔に、夏休みに見た美己男と妹になるかもしれない、と言っていた女の子の笑顔が一瞬重なった。 「そう?じゃあ、ちょっとだけ来ようかな。百花ちゃんの休み時間に合わせて」 「え?ほんとに?いいんですか?嬉しい」  頬をピンク色にして飛び上がらんばかりに喜んでいる百花を見て、俺だってちゃんと彼女を喜ばせることぐらいできるんだからな、と誰にともなく心の中で呟いた。    百花と約束した時間よりも少し早くに学校に到着し、思っていたより大勢の人で賑わっている校内に少し気後れする。  学園祭は普通科と工業科は土・日の1日ずつで、普通科は土曜日の開催だ。明日は工業科の学園祭が行われる。 「寛っ、3年のクラスに可愛いコスプレのカフェやってるとこあるんだって。一緒に行こうぜ」  理貴(よしき)が寛太朗を見つけて走り寄ってきた。 「無理。今から百花んとこ行かないと」 「えー、じゃあ、俺も一緒に行く」  理貴が肩に手を回してくる。 「百花ちゃんと結構続いてるねー、寛。いい子そうで良かったじゃん。可愛いし、胸、でかそうだし」  理貴が嬉しそうに寛太朗に顔を寄せる。 「うん、まぁ」 「どのくらい続いてんの?」 「えー、5か月くらい?」 「くらいって、お前。ちゃんと日付とか覚えてないの?もうすぐ半年記念じゃん。何かしてやるんだろ?」  理貴にそう聞かれ寛太朗は驚いた。 「え?しねーよ、なんも」  理貴が寛太朗の首に回した腕をギュウと締める。 「バカなの?寛。そういうのちゃんとしてやれって。百花ちゃんあんなに一生懸命なのに可哀そうだろ」 「そういうのしたくないんだよ、俺。それでもいいって言うから、付き合い始めたんだし」  理貴が呆れた顔で寛太朗を見た。 「そりゃ、それで良いって言うだろ、良くなくても。そういうのは大抵良くないんだよ。して欲しいの」  理貴の言っていることは理解できるし、実際そうなんだろう、とも思うのだが煩わしさが先にたってしまう。 「まぁ、分かるけど」 「はぁー、寛ちゃんはほんと、ダメダメだねぇ、そういうとこ。頭良くて優れた技持ってるのに?」 「うるせ」 「もうエッチした?やっぱ胸でかい?」 と明け透けに聞いてくる。理貴は本当にこういうところ、ためらいもなく聞いてくるよな、と思わず笑った。 「まだ」  理貴がえっ?と体をのけ反らせた。 「まだ?5か月も付き合ってて?マジか。それはもう、来月の半年記念をバッチリ決めないとな。何する?一緒に考えてやるからさ」  ムフフ、と笑う。 「何で理貴がそんなに盛り上がってんだよ」 「えー?だって嬉しいじゃん。友達が彼女とうまくいってんの見るの。(ダブル)デートとか?憧れるー」 「お前に彼女がいないだろーが」 「だからさ、俺に彼女ができるまでにもっと寛には頑張って欲しいわけ」 「はぁ?俺が頑張ってどうすんだよ。ほんと理貴の思考、理解不能」  理貴は本当に身内に甘いな、と寛太朗は思う。気に入った仲間にはとことん親切で何でもしてやろうとするし、何もかもを知りたがる。   だが、なぜか美己男(みきお)の事に関してはいつもあからさまに嫌な顔をした。美己男の名前を出すだけで、すぐに不機嫌になってしまうのだ。2人は接点もないし、嫌がることをわざわざ言うこともないだろうと、最近は話題にするのを避けているが、時々、隠し事をしているような罪悪感のようなものを感じるのは確かだ。 「うまく、ねぇ・・」  寛太朗はまた面倒臭くなってきて小さくため息をついた。   「百花ちゃん、6か月記念で何かしたいこととか、ある?」  寛太朗は隣で勉強している百花に訊いてみた。 「え?覚えててくれたんですか?」  明らかに何かを期待している顔で百花が寛太朗を見た。  正直なところ覚えてもなかったし祝う気もないのだが理貴が人の記念日で勝手に盛り上がっているのと、美己男が女の子と一緒に歩いている姿を見かけて対抗心のようなものが湧いた結果、本人に直接希望を聞く、という短絡的な解決方法を取った。 「そんな、何もないです。一緒にいられれば」  その言葉で寛太朗はすでに少し面倒臭いな、と思い始めた。こういうやりとりを続けるよりは、はっきりと言ってもらったほうが良い。 「そう?どっか行きたいところとか、欲しいものとか。って言っても、そんな高いプレゼントとかはできないんだけど」 『あまり大袈裟なことを要求されても困る』という意思表示をさりげなく込め少し目を伏せた。 「あ、そんなっ。いいんです、本当に。一緒にいて欲しいだけです」  百花がニッコリと笑う。 「そう?じゃあ、その日は図書館じゃなくて、どこかに行こうか。百花ちゃんの行きたい所」  その日が正確には何日かわからないが、寛太朗はそう言った。 「じゃあ家に遊びにきませんか?あの、私、ケーキ焼くのでそれで一緒にお祝いしたいなって・・」  顔を真っ赤にしている。 「え?いいの?百花ちゃん家に行っても?」  これはどう考えても誘われている。 「百花ちゃんがそうしたいならそうしよっか」  うつむいた百花の顔を覗き込むと、百花は小さく頷いた。  結局はっきりと何日が記念日なのかわからぬまま、百花の家に招待され行くことになった。 「あ、どうぞ、適当に座ってて下さい。今、ケーキ持ってきますね」  すぐに百花の部屋に通される。 「あ、ありがとう。これ、飲み物、何がいいかわからなくて」  そう言って寛太朗はアルバイトをしている高級スーパーで買ったやたら高いオーガニックのオレンジジュースを渡した。 「わ、ありがとうございます。え?これ、すごく好きなやつです。おいしいですよね。嬉しい」  彼女の家に行くのに手土産など全くわからなかったから手っ取り早く、一緒に働いているパートの奥さんが薦めてくれたものをそのまま買っただけだったが、百花はとても喜んだ。  百花が可愛らしい丈の短い花柄のワンピースにいつも以上にくるくると巻いた髪を揺らせて部屋を出ていく。  寛太朗は1人取り残されて部屋を見回した。  百花の部屋はこれでもか、というくらい女の子の好きそうなもので溢れていた。フワフワでキラキラしたものがあちらこちらに散りばめられている。  嘘みたいに何もかもが可愛らしくて綺麗で、汚れていない、まるで百花そのもの、といった部屋の様子に寛太朗は薄笑いを浮かべた。 「先輩?何かおかしいですか?」  百花がお盆に綺麗に飾り付けられたケーキと寛太朗が買ってきたオレンジジュースをのせて部屋に戻り訊いた。 「いや、百花ちゃんらしい部屋だなって思って」 「私らしいって?どういう意味ですか?」  百花が小首をかしげる。 「ん?なにもかも可愛いって意味」  寛太朗は隣に座った百花に顔を寄せてチュッと軽くキスをした。  百花が顎を少し上げて寛太朗の唇を受ける。 「これ、百花ちゃんが作ったの?」  クリームと高級そうな大きなブドウがふんだんに載ったケーキを切り分けてくれる。 「はい、先輩、こういうの好きだといいんですけど」 「ありがとう。百花ちゃんが作ってくれたものならなんだって嬉しいよ」  そう言いながらケーキを口に入れると、甘酸っぱいブドウとフワフワのクリーム、甘い焼き菓子の香りが胸やけしそうな程に襲ってきた。あまりにも自分がこの空間にそぐわないことに息が苦しくなる。  なんとか皿の上のケーキを食べ終わりオレンジジュースで流し込んだが、甘いクリームを食べた後だからか、やたら酸っぱくて苦く感じる。 「もっと食べますか?」 「うん、後で」 と百花の目を見つめながら答えた。  顔を寄せ、キスをする。何度も、離れては口づける。段々と熱を帯びてきて、百花も唇を押し返してきたタイミングで床に押し倒した。 「先輩・・」  百花の声が掠れ、期待の眼差しが潤んでいる。 「いい?百花ちゃん、大丈夫?」  百花はコクリと頷いた。 「大丈夫」  囁くような声で答える。  ベッドに移動して寛太朗は百花のワンピースを脱がせた。理貴の予想通り、小柄な割にはたっぷりとした胸を手で隠している。  寛太朗もシャツを脱いで放るとボディバッグの中からコンドームの袋を出した。  百花がその様子をじっと眺めている。  寛太朗はまだ半勃ちのモノを握って擦り、ゴムを被せた。  百花に覆いかぶさりキスを再開する。しばらくして寛太朗は 「いい?挿れるね」  そう言ってゆっくりと中に挿入(はい)ると百花が切なそうに呻いた。小さくて柔らかい体が汗ばみ熱くなっている。寛太朗はその様子を見ながらひたすら腰を揺すり続けた。額から汗が滴り落ちる。だが、体がどんどん冷えていくのがわかった。   ダメだ、最後までできない  寛太朗はそう気づきながらも、動き続けた。 「先輩、も、ダメ」 「あ、ごめん」  百花の悲鳴のような声がして、寛太朗は体を起こし汗を拭った。百花が顔を腕で顔を隠しながら、ブルブルと足を震わせている。  ハァハァとお互いの呼吸音だけが部屋に響くのを冷めた気持ちで聞きながら、寛太朗はゆっくりと百花から離れるとゴムを引き抜きドサリとベッドに倒れ込んだ。 「先輩・・」  百花の目に涙が浮かんでいる。 「ごめんなさい、私・・・」  まだ足をブルブルと震わせている。 「あ、違うんだ。ごめん、俺のせいだから。百花ちゃんは悪くないから、ほんとごめん」  寛太朗は百花を抱きしめた。 「最後までイってませんよね、先輩」  百花が起き上がる。 「あー、でも気にしないで」  いきなり百花が寛太朗の萎えたモノを咥えた。 「え?いや、あの、いいって」  思わず腰を引く。 「あの、百花ちゃん、待って、ほんと、いいから」  小さい口で懸命に寛太郎を咥える百花を見下ろした。綺麗に巻いていた髪がすっかり乱れている。 「ごめん、百花ちゃん。離して」  百花が顔を上げた。憐みの色が目に浮かんでいるのを感じて寛太朗はその視線に耐え切れず目を逸らした。  その後、どんな事を話したのかもよく覚えていないまま、気まずい雰囲気で寛太朗は服を着ると百花の家を出た。  しばらく歩くと気分が悪くなってきて、さっき食べたケーキとオレンジジュースが喉元までせり上がってくるのを感じ寛太朗は道端にしゃがみこんで食べたものを全て吐き出してしまった。

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