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高校3年 爆ぜる気持ち

 終業式が終わるとすぐ生徒はほとんど帰ってしまい教室が静かになる。  美己男(みきお)の抜糸の為に理貴(よしき)の誘いを断ってから理貴は寛太朗(かんたろう)とほとんど話さなくなってしまった。  帰る前に声をかけたくて理貴を探すが見当たらない。諦めて帰ろうと教室を出ると(ぜん)が走って来るのに出くわした。 「お、然、理貴・・。」 「寛、来て、早く。」  腕を掴まれ、引きずられるようにして連れていかれる。 「然?どした?」  いつも冷静な然の顔が血の気が引いて強張っている。 「理貴がバカなことして。美己男君が。」  その瞬間、寛太朗の顔からも血の気が引いた。 「どこ?」 「旧校舎。3階の一番奥。」  寛太朗は走り出した。  浮かれた様子で帰って行く生徒の間をすり抜ける。  旧校舎に入り3階まで一段飛ばしで駆け上がり一番奥の部屋の扉を開けた。 「美己男っ。」  美己男がはぁはぁ、と肩で息をしながら凄まじい怒りを全身から発して立っている。  シャツの前のボタンはほとんど吹っ飛んで胸がはだけ、白い肌が丸見えだ。口からも耳たぶからもダラダラと血が流れている。  机やロッカーが引き倒され、椅子もあちこちに飛んでひっくり返っていた。  幾人かの他校の制服の生徒と理貴が美己男を囲んでいる。美己男は片手に強く掴んだ椅子で今にもそのうちの一人を殴り倒しそうだ。  これほどキレた美己男を見たのは寛太朗も初めてだ。  然が他校の生徒たちを部屋から追い出し、鍵をかけた。 「寛・・。」  理貴が白い顔で寛太朗を見た。 「理貴、何やってんの?」 「こいつが悪いんだよ?いっつも俺たちの邪魔してさ。なんだよ、幼馴染ってだけで特別扱いされやがって。」 「理貴っ!」  然が理貴の腕を掴む。 「自分が何やったかわかってんのか?。」  理貴はその手を振り払った。 「野良猫がみーみー鳴きやがってうるっせえ。猫なら猫らしく外で遊んでろよ。俺らの場所に入ってくんじゃねぇ。」  理貴が美己男に向かって怒鳴った。 「理貴・・。」 「寛も寛だよっ。なんだよ、お前っ。こいつばっか世話焼きやがって。お前は俺らの友達だろーが。どっちが大事なの。友達か野良猫か。友達だろっ。俺たちが優先だろーが。」  今度は寛太朗に向かって叫ぶ。 「理貴・・。何言ってんだよ。意味わかんねぇ。お前も、美己男も俺にはどっちも大事な友・・。」 「嘘つけっ。」  理貴が寛太朗の言葉を遮る。 「そいつは、友達なんかじゃないだろ。知ってんだよ、お前らヤってるだろ。百花(ももか)ちゃんが教えてくれたよ。泣いてたぞ、百花ちゃん。あのエロい顔で寛をたぶらかしたに決まってる。そいつ、他にも中学の先生とヤってたんだぜ。先生、誘惑したんだってよ。さっきの奴らが見てんだ、そいつと先生が寮でヤッてんの。そんなん、友達じゃねえよな?ただのクソビッチだ。寛、選べよ、俺らか、そいつか。」  理貴が足元の机を蹴飛ばす。 「理貴、いい加減にしろ。」    然が後ろから理貴を羽交い絞めにした。 「っるせえ、黙ってろゼン。離せっ。俺は、寛としゃべってんだっ。」  暴れる理貴を押さえる。 「理貴、頼むよ。どっちを選ぶとか、そういうことじゃ。」  寛太朗は必死になって言った。 「そんなに男としたいの?じゃあ、俺がしてやろうか。なぁ、寛。いいよ、俺。そのクソビッチからお前を守ってやる。」 「ばかっ、理貴っ!黙れっ!」  然が叫ぶ。  寛太朗はこんなにも理貴を追い詰めていたことに全然気付かなかった自分に衝撃を受けた。 「理貴・・、それ、本気で言ってる?理貴は俺のことがそんなに好きなの?」 「寛・・。やめろ。まともに受け止めるな。」  然が理貴を羽交い絞めにしたまま後ずさる。 「理貴は俺とキスできる?俺と抱き合えるの?」  理貴の体がブルブルと震え出した。 「そうだよ、俺と美己男はヤッてる。俺は美己男といつもヤリたいと思ってる。我慢できないくらいに。理貴は俺をそんな目で見たことある?」 「な、ないよっ。で、でもっ。」 「ないよな。俺もないよ。俺と理貴とはそういうんじゃない。理貴はただ、みんなを独占したいだけだ、そうだろ?理貴の事は大事だよ。俺のここでの最初の友達なんだから。」  理貴の目に涙が溜まる。 「俺だって、寛が大事だから言ってんだよ?お前を守ろうとしてんのわかってんだろ?」 「わかってる。だけど、これは違うだろ。お前も分かってるだろ、美己男がそういう奴じゃないって。傷つけたいなら俺を傷つけろよ。美己男は関係ないだろ。」  理貴がうつむいた。パタパタと涙が床に落ちる。 「何だよっ。特進なんてどうせ嫌なヤツばっかりだと思ってたのに、寛がいて、然がいてっ。俺っ、嬉しかったのにっ。俺に隠し事してコソコソしやがってっ。俺がやった服もそいつにやってたんだろ?施したもの、さらに人に施してんじゃねーよ。クソがっ。お前も、そいつも、クソだっ。」 「理貴っ、もうやめろっ!それ以上言うなっ!。」  然がグッと腕に力を込めた。  理貴の体がぐったりと崩れ落ちる。  然が抱き抱えて床に寝かせた。 「理貴・・。」      ほんと、俺、クソだな・・    理貴の気持ちを何一つ考えてなかった    理貴がくれた服だって、美己男に似合うかもって、それだけであんなにたくさんもらっ       てきて、全部美己男にあげてしまっていた    美己男とのことも理貴が嫌な顔をするから言い出せないだけだ、と言い訳してた    本当は自分が美己男としていることがバレたら、どんな目で見られるかと思うと怖くて      言い出せなかっただけなのに  理貴がヒュッと喉を鳴らして目覚めた。  ゴホゴホと咳き込んで地面に顔を伏せる。 「理貴、しっかりしろ。」  然が背中をさする。  理貴がううっ、と呻いて涙を零した。      俺のせいで何もかもメッチャクチャだ  寛太朗は手の平でゴシゴシと目を擦った。 「寛・・。」  然が心配そうに呼ぶ。 「悪い、然、理貴。ほんと、ごめん・・。こんなことになって。」    寛太朗は耳から血を流している美己男を見た。  理貴を追い詰め傷つけた。  そしてその代償を美己男に払わせてしまった。 「悪い、美己男と二人だけにして。美己男は俺がなんとかするから。然は理貴を頼む。」 「・・わかった。」  然が理貴を抱えるようにして立たせた。 「ほんとに大丈夫か?寛。」  まだ、興奮状態の美己男の様子に然が心配そうに訊く。 「うん、俺と美己男は大丈夫。理貴の方が心配なんだけど。」  寛太朗は然に寄りかかるようにしてかろうじて立っている理貴を見た。 「ああ、こっちも大丈夫。任せて。」  そう言って理貴を抱えて出て行った。  扉を閉めて鍵をかける。 「みー?」  ピリピリと怒りを発している美己男に近づいて、椅子を強く握りしめているその手をそっと開く。 「寛ちゃん。」  美己男の目を見つめる。 「みー、ごめんな、怖かったろ。」  寛太朗は美己男の頭を肩に引き寄せ抱きしめた。 「寛ちゃん、寛ちゃんっ。」  泣きながら寛太朗のシャツを掴んで縋りついてきた。  全身が興奮と恐怖で張りつめ切っている。  寛太朗は力を込めてキスした。  強く吸ってから口の中を隅々まで舌先で撫でると少しずつ、美己男の体から力が抜けてくる。歯の裏も、唇に開けたピアスの穴も。流れていた血も。最後に舌に嵌めている丸いピアスを舌先で撫でる。  泣き顔から、トロリと蕩けた表情に変わっていくのを見て 「ほら、下も、撫でてやるから、出しな。」  顔を挟んで静かに言い聞かせ床に座らせた。  美己男が震える手でベルトをカチャカチャと外すのを手を重ね手伝う。  チャックを下げると下着が濡れていた。 「あー、もー、お前。こんなんなっちゃって。どうするつもりだったの。」  勢いよく飛び出したモノを握ってやると、うー、と美己男が泣き出して 「寛ちゃん、ごめんなさい。」 と謝った。 「謝るなって。ヤバくなったら俺んとこ逃げて来いって、いっつも言ってるよな?」  美己男がコクコクと頷く。 「俺と一緒にいたら平気だろ?」 「うん。寛ちゃん、大好き。」  寛太朗は美己男の頭を強く抱きしめた。 「ほんと頭悪いな、みー。今ここでそれ言うか?」  寛太朗は泣きそうになりながら言った。 「寛ちゃん、擦ってぇ。」  美己男が懇願する。 「ん、もっとこっち来な。」  寛太朗は美己男を引き寄せギュウと抱きしめた。       *   *   *   *   *    理貴が起こした事件は誰も何も言わず、何も無かったかのように夏休みが始まった。  7月の終わりに然から理貴が会いたがっている、と連絡があり、理貴の家に向かった。 「悪いな、来てもらって。」  少しやつれた理貴が迎えてくれる。  2階を見上げると理貴の部屋から然が顔を出していた。 「いや、俺も話したかったから。なんだよ、理貴、夏バテか?」  寛太朗はいつも通りに話しかけながら理貴の部屋に行くと、段ボールの箱が積んであり大きなスーツケースが置いてある。 「あ、そか、今年も行くの?サマースクール?」  寛太朗はスーツケースを見てそう聞いた。 「ああ。明日、出発。で、そのまま留学することにした。」  理貴がうつむいて言う。 「へー、そのままって?どういうこと?」 「こっちの高校の卒業式には出ない。」  寛太朗は理貴の青白い顔を見つめた。 「は?何言ってんの。一緒に卒業しようぜ、理貴。あとちょっとなのに。留学なんてその後でもいいじゃん。」  寛太朗は理貴に言った。 「寛、ほんと優しいよな、そういうとこ。でも無理だ。もう寛と前みたく一緒にいられないわ、俺。お前にひどいこと言っちゃったもん。赤髪にも。」 「そんなん、おあいこだろ。俺もひどいことお前にしたんだから。理貴のこと、追い詰めてたの気が付かなかったし。」 「全然次元が違うよ。俺、あの赤髪レイプしようとしたんだぜ?それ、もう犯罪だから。ほんとなら、一緒に卒業どころか普通に生きられないって。」  レイプという言葉にズキリと心が痛む。  はっきりと言葉にされるとその重さに息が詰まった。 「そんなに嫌いだった?美己男のこと。」  寛太朗はベッドの端に座った。 「嫌いっていうか、なんかムカつくんだよ。あいつ見てると。頭悪そうで、母親も最低で。なのに、寛に全部許されてますって顔で嬉しそうにお前のそばにいてさ。なんか、何もかんも取り上げてやりたくなって。」  理貴が声を詰まらせた。 「ほんと、ごめん。最悪、俺。」  寛太朗の鼻の奥が熱くなる。 「美己男さ、小さい時、母親に電気止められた部屋に何日も置いてかれたことがあったらしくて。」  理貴と然が寛太朗を見る。 「だから小さい時、暗いとこに一人で置いていかれるとパニック起こしてたんだよ。俺、それ知ってたから小学校の時、自分の嫌いな授業の前に美己男を裏庭の真っ暗な掃除道具入れに閉じ込めた。」 「え?それで?」  意味が分からない、と言った様子で然が聞く。 「しばらくしたら美己男が掃除道具入れの中でパニック起こして大暴れするんだよ。そしたらもう、どこのクラスも大騒ぎになって、授業が潰れんの。だから俺、嫌な授業の前によく美己男を暗い所に閉じ込めてた。俺が閉じ込めたって誰にも言うな、すぐ迎えに来るからって言って。」    理貴と然が呆れた顔で寛太朗を見た。 「鬼。」 「寛、マジで腹黒過ぎ。」 「だよな。俺もマジで最低な奴だよ、理貴。なのに自分だけ明日いなくなるって、ざけんなよ。最後まで勝手過ぎるだろ。」  寛太朗はうつむいて言った。 「じゃあさ、お前も一緒に来れば?小さいフラット、二人で借りて一緒に住めばいいじゃん。寛なら勝てそう。」  理貴が泣きながら笑った。 「お前、殺す。」  そう言って寛太朗も笑いながら鼻を啜った。 「なー、然。俺、どこで間違っちゃったんだろ。」  理貴の家を後にして然と並んで歩く。 「何も間違ってないだろ。」 「そっか?やっぱ間違えてんじゃね?理貴をあんなに追い詰めてたの全然気が付かなかったし。何か、色々壊しちゃった気がする。」 「それは寛のせいじゃない。理貴が自分で壊したんだよ。あんなことしといて寛に許されてること、もっと感謝していいぐらいだ。自分こそ許されてること全然わかってない。」  然は怒りを含んだ声で言った。 「でも、俺がもうちょっと早く気付いていれば、あのまま変わらずに3人で一緒にいられたかもしれないのに。」 「無理だろ、あんなお子様王子のままじゃ。本人より先に周りが壊れる。人の気持ちなんて自分がどうにかできるもんじゃないんだから。」 「そっか、そうだような。俺、できると思ってたわ。子供の頃は面白いぐらいに技、使えたんだけどな。」  ははは、と然は笑った。 「寛はうまかったからな、それ。」 「最近、使えなくなった。」 「使えないんじゃなくて使わないんだろ。もうそれ使わなくても寛自身のことも美己男君のことも守れるようになったってことだよ。」 「別に守る為にやってたわけじゃねえけど。」  寛太朗は驚いて言った。 「そうか?小さい時のお前が、美己男君と自分を守るために使ってきた技なんじゃないの?」 「まさか。ただ、面白くってやってただけだよ。人を守る為なんてそんないいもんじゃない。」 「いや、ちゃんと大事な人、守ってたよ、寛は。すげぇカッコいいな、って俺思った。」 「大事な人。」 「美己男君は大事な恋人だろ?」  然が寛太朗を見てそう言った。 「美己男は恋人とかそういうんじゃなくて。」 「そうなのか?でも好きなんだろ?」 「ええ?好き?っていうか・・。いつも美己男が後をついてくるから。小さい頃、ずっと一緒にいたし、それが普通っていうか。」  寛太朗は答えた。 「俺は二人は恋人同士だと思ってたけどな。寛、いつも美己男君のこと気にかけて大事にしてんなって思ってたよ。美己男君は思いっきり寛のこと好きですオーラ出てたし。」  然はそう言っておかしそうに笑った。  美己男のことを大事だとか恋人だとかそんなふうに考えたことはなかった。いつも美己男が後ろをついて来る。泣かすのが楽しくてしょうがなくて、腕の中に抱きしめると安心した。 「それって好きってことなのかな。」 「それ以外にあるか?あんな必死で怪我した美己男君追いかけて。理貴たちに乱暴された時も。俺はちょっと羨ましいよ、お前らのこと。」  好き、とかそういうのはよくわからない。でも美己男は俺のものだと当然のように思っていたのかもしれない。 「本人には言ってないの?」 「美己男に?言うわけないだろ。」 「ちゃんと言っておいたほうがいいぞ。」 「それってわざわざ言うもんなのかな?」 「そりゃあ言われたら嬉しいと思うよ。美己男君は?言わないの?」 「美己男はいっつも言ってる。」 「なんだよ、だったらなおさら寛も言ってあげれば?寛は言われてどう思ってたんだよ。」 「どう・・だろ。あいつ、何ていうか反射的に言ってる感じはあるけど、でも、多分、知ってる、って。分かってるって言うか。」 「あはは、何だよ結局ノロけか。羨ましいな。ただひたすら愛されてるってことじゃないか。理貴もずっと羨ましかったんじゃないかな。」 「そうなのかな。そんな羨ましがられるようなことなんて何にも。理貴のほうが何でも持ってて、金持ちで、家でかくて、美人のお母さま、いるのに。」 「まあな。でもそれとは全然違うよ、お前らのは。もっと、強く結びついてるもんがある気がする。」 「そうなのかな。」 『寛ちゃん、大好き』その言葉にずっと縋ってきたのは寛太朗のほうなのかもしれない。  本当は誰かに気にかけてもらいたかった。  誰かにひたすら愛されたかった。  父親には愛されなかった。母親は頭が良いことだけが感謝できると言ったきり、どんなに勉強してもあまり自分には興味を示さなかった。俺に痕をつけた奴には、それでも感謝していたくせに、俺自身には何も、言ってくれなかった。それでも平気だったのは美己男がいたからだ。美己男がずっと与えてくれていた。『大好き』という気持ちを。  美己男が寛太朗に何もかも許されている、と理貴は怒っていたけれど、違う。逆だ。本当はずっと美己男が寛太朗の何もかもを許していた。だから何があっても平気だった。    みーに会いたい    一緒に飯食って    小さいベッドで抱き合って一緒に眠りたい    赤い髪も、左の頬のえくぼも    あの白い肌も    全部、俺のものだと言いたい 「俺のほうが美己男よりずっと頭悪かったのかも。」 「ええ?何、どういうこと。」    然が寛太朗を見た。 「俺、あいつのこと、すげー好きなの、今、わかった。」  然が吹き出す。 「お前なあ、俺に言ってどうする。そういうの、本人に言えよ。」 「だよな。」  寛太朗も笑った。 「ありがとな、然。」 「おお、じゃあ、学校でな。」      然がいてくれて良かった  その真っすぐな背中を見送って、寛太朗も歩き出した。

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