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第5話
玲衣が煌に新しいスマホを差し出したのは、モスのハンバーガーに続き、コンビニのアイスを食べた終わった後だった。
「そんなもん、もらえねぇよ」
「五月七日は煌の誕生日でしょ。ちょっと早いけどそのお祝いに……本当は会ってお祝いしたかったけど、休みは家族でハワイなんだ」
家族でハワイ。セレブかっ。家族旅行なんて一度もしたことない煌にとって、海外なんて夢のまた夢だった。
「それにもうすぐゴールデンウィークで学校休みになるし、休みの日も煌と毎日話がしたいから」
煌と毎日話がしたい。玲衣のその言葉がくすぐったかった。
スマホの通信料だって馬鹿にならないはずだが、セレブにとってはなんでもないことなのだろうか。
聞くとファミリープランだから一台増えたところで値段は同じだと言われた。本当にそうなのかよく分からないが、その言葉を信じるふりをした。
正直なところ、前からずっとスマホが欲しかった。それに玲衣と電話やメッセージのやり取りもしたい。早速メッセージアプリをインストールし、使い方を習った。
その日から毎日、玲衣と大量のメッセージのやり取りをするようになった。おはようの挨拶から始まり、夕食には食べた物の写真を送り合った。
玲衣の写真はいつも高級レストランで出されるような食事ばかりで、煌はもっぱらモスかコンビニだった。
——モスのバーガー、おいしそ〜。
——だろ〜。玲衣にも分けてやりてぇ。そんなお上品なもんだけじゃ腹にたまんないだろ。
意識高い系女子が呆れるような会話を、二人は嬉々として交わした。
メッセージの着信音が鳴ると心が浮き立った。
夜寝る時は、かならず玲衣の〝おやすみ〟の文字を見てから目を閉じた。
まるで付き合っているみたいだと思っていたら、ある日、玲衣からこんなメッセージが来た。
——なんか僕たち親友って感じ。
それを読んだ途端、浮かれた気分がいっきにだだ下がった。
〝親友〟その言葉に煌は喜びを見いだせなかった。
自分は玲衣との関係に何を望んでいるというのだ。玲衣は自分と同じ男なのに、付き合っているみたいだなんて浮かれて気持ち悪い。
——俺たち、もう親友だろ。
その言葉は自分に言い聞かせるようでもあった。すぐに玲衣から返事が来た。
——ホント!? 嬉しいな。
玲衣を裏切っている気分だった。
自分の玲衣への気持ちが何であるのか、煌自身よく分からないでいた。玲衣が綺麗だから、つい男同士という感覚が薄れてしまうのかもしれない。
気をつけよう。親友という言葉に違和感があるが、努力しよう。玲衣のために立派な親友になるのだ。玲衣を困らせたり、悲しませるようなことは二度としないと誓ったばかりではないか。
玲衣は〝おやすみ〟と煌にメッセージを送るとベッドに入った。
煌と話すのは好きだ。煌と一緒にいると、自分が普通になったような気分になれる。
初めてできた同性の友達で、それもいきなり親友に昇格した。嬉しい。
この容姿のせいで、幼い頃から同じ男の子たちにはどこか一線を引かれることが多く、同類とみなされるのか、玲衣に寄ってくるのは女の子ばかりだった。
しかし、いつでも玲衣は男の子たちと一緒に遊びたかった。ままごとや人形遊びより、虫取りや探検がしたかった。かわいい動物が出てくるゲームより、ドロドロのゾンビを銃で撃ちまくるゲームがしたかった。
けれど強迫性障害で身体を洗わずにはおれなくなってから、男の子たちはますます玲衣から遠のき、女の子たちも以前ほど玲衣に好意的ではなくなった。
それでも女の子は男の子たちより精神年齢が高くて、中には玲衣を理解しようとしてくれる女の子もいた。
しかし、玲衣が人に触れられることを異常に嫌がる様子が彼女らの自尊心を傷つけたようで、最後は苦虫を噛み潰したような表情で彼女らは玲衣に背を向けた。
女の子という生き物は、どんな子でも小さなプリンセスのように気位が高かった。
煌は今までの誰とも違った。
煌は玲衣の脅迫性障害を〝きれい好き〟の一言で軽々と乗り越えてきた。
それに、あれが初めてだった。
誰かが玲衣をあの人から連れ去ってくれたのは。
ネオンが、煌の小さな背中がキラキラ光って見えた。
しかし、玲衣はあえてそのキラキラに目を閉じた。
期待してはいけない、裏切られたくなかったら誰も求めてはいけない。
それは、玲衣の自分が傷つかないために見つけた生き方だった。
煌とは親友になれたけど、これ以上求めてはいけない。
あれを見られたのに、煌はなんとも思わないと言ってくれた。そんなはずはないのに、だってそう言った時の煌の顔で分かる。
それにもかかわらず、煌は自分と一緒にいてくれる。こんな汚れた自分に笑いかけてくれる。それ以上、何を望むというのだ。
母ですら自分を見捨てたのだ。
母が求めたのは玲衣ではなく義父だった。だから玲衣は決めたのだ。
玲衣はもう誰も求めないと。
部屋のドアノブがガチャガチャと音をたて、玲衣は咄嗟に頭を起こした。
「おい、玲衣、開けろよ」
ドアの向こうから忍び声がした。脇に嫌な汗が滲んだ。
「開けろって」
それは命令だった。
玲衣は操り人形のようにベッドから降りた。足裏に床が冷たい。
ドアを開けると、義兄が部屋に滑り込んできた。
「なに鍵なんかかけてるんだよ」
舌打ちされ、顎を掴まれる。
親指で唇をいじられ、そのまま口の中に突っ込まれる。玲衣の眉間に短いシワが寄った。
義兄は玲衣の口内を指で掻き回すと、玲衣をベッドへと強引に引っ張った。ベッドサイドの照明が灯され、玲衣は眩しくて顔を背けた。
せめて明かりはつけないでくれたらいいのに。
前に一度、懇願したことがある。
『おまえ馬鹿か、見えないと意味ないだろ』
そう一喝された。
パジャマを脱がされ、玲衣の白い肌が露わになる。
「玲衣、おまえが悪いんだからな、おまえがこんなだからいけないんだ」
もう何百回も聞いたこのセリフ。
十本の指が芋虫のように身体中を這いずり回り、身の毛がよだった。やがて指だけではなく舌も加わり、芋虫とナメクジの唾液に身体がまみれていく。
気持ち悪い、早く終われ。
そう祈るが、まだこれから正念場がくることを玲衣は知っていた。
義兄は玲衣の顔に馬乗りになると、スボンの前をはだけさせた。中から出てきたのは、子どものように小さな男性器だった。
「咥えろ」
言うと同時に玲衣の口の中に突っ込んできた。頭を鷲掴みにされ腰を打ちつけてくる。
玲衣はこれが一番嫌だった。その物の大きさはたいしたことないが、ゴワゴワした陰毛で顔面を殴られているようで、涙が滲んだ。
いきなり髪を掴まれ引き剥がされたかと思ったら、ベッドに突き飛ばされた。うつ伏せにされ頭を押し付けられる。
固く閉じた後ろの窄まりに、さっきまで玲衣の口の中にあったものが押し当てられた。完全に勃起しきっていないため、ぐにゃりと入り口で潰れるが、義兄はかまわず腰を擦りつけてきて、それはあっけなく玲衣の入り口で、白い液を少量吐き出した。
全てがあっという間でこぢんまりしている中で、義兄の呼吸だけが盛大に乱れていた。
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