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第10話
玲衣とスマホのおかげで三百円も集まった。途中、大型家電量販店でスマホを充電した。
スーパーで玲衣はクリームパン、煌はカレーパンを買った。スーパーでポテトサラダの試食をやっていて、人のいい売り子のおばさんは、二人に三回ずつおかわりをさせてくれた。
ついでに段ボールもたくさん貰ってきた。公園の水飲み場で水を飲み、土埃で汚れた身体と顔を洗った。
スーパーも、公園がどこにあるかも全部スマホで検索した。知らない土地で、スマホはなくてはならないナビゲーターだった。
さっと洗っただけで着ているシャツで顔を拭いている玲衣を見ていると、玲衣が「何?」と、ちょっと恥ずかしそうに聞いてきた。
「いや、別に……なんでも」
煌は口ごもる。
「もっと洗わなくていいの? って思ってる?」
「そんなんじゃ……いや、うん、そう」
「なんかもう、そんなの気にしてる場合じゃないっていうか、だって昨日からお風呂にも入ってないんだよ」
玲衣の屈託のない笑顔につられて煌も笑ったが、本当はそういう意味じゃない。
「玲衣は……どんなことがあっても綺麗だよ」
煌の言葉の意味が伝わったのか、玲衣はその笑顔をふにゃりと崩した。
「綺麗だなんて、男にとって褒め言葉なんかじゃないよ、でもありがとう」
礼を言われた途端、後ろめたくなった。さっき煌は、シャツの下に見えた玲衣の白肌にドキドキしてしまったのだ。
それはいけないことだと、警鐘が鳴っていた。
自分を信じて心を許してくれている玲衣への裏切り行為だ。昨日の玲衣の舌を見た時といい、危険な火種は今のうちに揉み消しておかねばならない。
けど、どうやって?
生まれて初めて経験する春情に、煌は戸惑った。
そして玲衣はたとえ望まない形であっても、それらのことをとっくに経験しているのだと思うと、自分がひどく子どもに思えた。
早く大人になりたい。
また、そう思った。
玲衣よりも大人になりたい。そして玲衣を守ってあげたい。さっきみたいな邪な感情はきれいさっぱり消し去って、純粋に玲衣を守るだけの強く大きな存在になりたい。
日が暮れる前に段ボールをああでもない、こうでもないと組み立てた。玲衣は二人入れれば充分だと言ったが、煌はもっと大きい方がいいと譲らなかった。
「明け方は二人でくっついて寝た方が温かいよ」
それが困るんだと煌は内心苦笑した。
玲衣はこの前まで人に触れられるのを嫌がっていたのが嘘のように、煌にくっつきたがった。
「俺、寝相悪いし鼾もうるさいらしいし……」
玲衣は耳と尻尾を垂らした犬のようにしゅんとした。
「段ボールも足りないことだし、小さくていいか」
結局、煌が折れ、玲衣は満面の笑みを浮かべた。
煌は、自分だけは玲衣にいつも笑顔にしてあげられる人間でありたいと思った。
朝、自分がいなくなったと思って取り乱した玲衣。
こんなふうに誰かに求められたことは初めてだった。
誰も求めず、誰からも求められることはない。
玲衣に会うまで、煌はそんなふうに生きてきた。今思えば、それがどんなにつまらない生き方だったのかが分かる。
二日目の夜、二人は段ボールで作った小さな家で肌を寄せ合って寝た。
最初はなかなか寝付けなかった煌だったが、一日中コインを探して地面を這いつくばったこともあり、玲衣の寝息を聞いているうちに、自分も深い眠りに落ちていった。
次の日も同じように過ごした。
スマホを駆使しても拾ったコインは、昨日より減って百円とちょっとにしかならなかったが、一袋五十円でパンの耳を売っているパン屋さんを見つけて、二袋を買った。
スーパーはその日、大豆ミートハンバーグの試食をやっていたが、昨日とは違う売り子のおばさんで、一度しか試食させてもらえなかった。
四日目、二人は町を移動することにした。
さすがに子どもが二人、浜辺に作った段ボールの家にずっといたら不審に思われるし、なによりすでに町中の自販機の下を覗き回ってしまい、もうどこにもコインは落ちていなかった。
途中携帯ショップでスマホを充電し、自販機の下を覗きながら次の町へと歩いた。
一日で三百円ちょっとになった。パンの耳を買い、スーパーで餃子の試食を二回ずつさせてもらうと段ボールもゲットした後、やはり浜辺に家を作った。
同じ町に三日間いた後、次の町に移動した。
そうして二人の逃亡生活は一週間になった。
学校は夏休みに入った頃だ。二人ともこんなに逃げ伸びられるとは思っていなかったので嬉しくもあり、これから先が少し不安でもあった。
一度だけ子ども食堂があったので入ってみたが、店の人が二人のことをあれこれ詮索してきたので、急いで食事を終えると外に出た。
その後、別の子ども食堂の前を通りかかっても、二人が店に立ち寄ることはなかった。
さすがに育ち盛りの中学生の食事がパンとスーパーの試食だけというのはキツイ。
「ああ、モスのバーガー食いてぇ」
煌はパンの耳を弄び(もてあそ)、ため息まじりに口に放り込んだ。
「僕はお風呂にゆっくり浸かりたいなぁ」
玲衣も遠い目をする。
その頬は一日中自販機の下を覗いて回ったせいで汚れ、髪は潮風に吹かれてバサバサだった。公園の水道をシャワー代わりにしているが水だけでは限界がある。それに、そろそろ服の汚れも目立ってきた。
御曹司で見目麗しい玲衣がそんな姿になってしまっているのを、煌は忍びなく思った。
「今度さ、玲衣だけでも銭湯に行きなよ、その間に俺がコインランドリーで服を洗濯してやるからさ」
「そんなお金どこにあるんだよ。たとえあったとしても僕だけなんてやだよ。だったらモスのバーガーとポテトを買おうよ。それとも僕そんなに臭い? ちゃんと水で洗ってるつもりだけど」
玲衣は鼻を近づけて自分の身体の匂いを嗅いだ。
「臭くなんてないよ。それにもし玲衣が臭くなったって、俺は玲衣のこと嫌いになったりしないから」
「僕は煌が臭くなったら嫌いになる」
「えっ、なんだよそれ」
「ウソ」
玲衣は悪戯っぽく笑いながら、ペロリと舌を出した。
そんな玲衣を見て、煌の胸はほんわりと温かくなる。
これから先どうなるのか不安ではあったが、二人一緒なら大丈夫。そう思えた。
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