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第12話

 目覚めた時、最初自分がどこにいるのか分からなかった。足元から強風が吹いていて、股間がスースーした。そして、股間で思い出した、自分が銭湯にいることを。  飛び起きて最初に確認したのは、その股間だった。濡れたタオルが乗せられたそれは、すっかり平常時のサイズに戻っていてほっと胸を撫で下ろす。強風の源は銭湯の扇風機だった。 「気がついたかね?」  番台に座っているおじいさんが、新聞をめくる指を舐めながら煌の方に目を向けた。 「そこに置いとる水を飲んで、もう少し横になっとれ」    そばのペットボトルを手に取ると、一気に半分ほど飲み干す。飲んでみて、自分がものすごく喉が渇いていたことに気づいた。  脱衣所の長椅子に再び横になりながら、辺りを見回す。  隅に置かれたマッサージチェアーにおじいさんがひとり座っているだけで、他には誰もいない。  玲衣はどこだろう。自分がどれくらい寝ていたのか分からないが、まだひとりで風呂に入っているのだろうか。のぼせて倒れた自分をおいて? 玲衣はそこまで風呂好きなのか?  番台のおじいさんにはまだ寝ていろと言われたが、気になって浴場を覗いてみた。浴槽にも洗い場にも、玲衣はいなかった。もしやと思いサウナも覗いてみたが、やはりそこにも玲衣の姿はなかった。  玲衣は銭湯のどこにもいなかった。 「あの、俺、友達と一緒に来たんですけど、同じ中学生の。どこに行ったか知りませんか?」  番台のおじいさんは新聞から顔を上げた。 「色の白いあの子かな。おまえさんのことを泣いて心配しよった。はて、どこに行ったかな」  その時、銭湯の外で玲衣の声がしたような気がした。そして、すぐに今度ははっきりと「煌!」と玲衣の呼ぶ声がした。  煌は腰にタオルを巻いただけの格好で外に走り出た。道の先に、玲衣が小太りの男に腕を引っ張られている姿が目に飛び込んできた。 「玲衣!」  煌は二人に向かって突っ込んでいった。ハラリと腰からタオルが落ちたが、そんなこと気にしている場合ではない。 「汚い手で玲衣に触るなーっ!」  全裸で叫びながら向かってくる煌にギョッとした男は、慌ててその場から逃げ出した。 「糞コラ待ちやがれ変態、警察に突き出してやる!」 「煌! もういいよ」  男を追おうとする煌を玲衣が止めに入る。煌は逃げて行く男の後ろ姿を鼻息荒く睨みつけただけで、すぐに玲衣に向き直った。 「玲衣、大丈夫か!? 変なことされてないか?」 「とりあえず煌、銭湯に戻ろう。みんな見てるよ」  全裸の煌を道行く人々が立ち止まり、遠巻きに見ている。これじゃ変態なのはあの男じゃなくて煌の方だ。若い女性が煌を見てキャッと顔を覆った。 「キャッってなんだよ、中坊の裸見て何恥ずかしがってんだよ」  道に落ちているタオルを拾って銭湯に戻る。 「煌は分かってないよ、自分がどんなふうに見られているのか……特に女の人」 「なんだよソレ、つか玲衣大丈夫か? さっきの男、あいついったいなんだよ」  男は銭湯にいた時から玲衣のことをジロジロ見ていた男で、大胆にも湯船の中で玲衣の身体に触ってきたという。玲衣が煌にピッタリくっついて離れなかったのはそのせいだったのだ。 「ちくしょうあいつ!」  さっき追いかけていかなかったことを煌は後悔したがもう遅い。 「どうせ彼氏とやりまくってるんだろ、って言われた」 「は? なんだよそれ、彼氏って何だよ」 「煌を僕の彼氏だと思ったみたい」  いろんな意味で絶句した。  その時、玲衣の背後を中年男性がひとり通り抜けようとして、玲衣に軽くぶつかった。  全身の毛を逆立てた猫のように過剰に反応する玲衣を、煌は久しぶりに見た。

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