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第13話

「僕がいけないんだ。やっぱり僕がこんなだから男の人たちがみんな変になるんだ」 「違う! それは絶対違う!」  煌は声を荒らげた。  そういう自分も玲衣の裸に興奮して勃起させが、それが玲衣のせいといえばそうだけど、それは玲衣が悪いからではない、  玲衣が魅力的だからだ。玲衣はちっとも悪くない、悪いのは自分を含め、同性の玲衣にアソコをおっ勃てる節操のない男たちの方だ。  それを玲衣に伝えると——もちろん自分のことは伏せておいて——玲衣は激しく(かぶり)を振った。 「パンツが見えそうな短いスカートを履いた女の人がレイプされるのは、そんな短いスカートを履いている女の人が悪いんだって、だから僕が悪いんだよ」 「レイプって、んな馬鹿なこと誰が言ったんだよ」 「義兄(にい)さん、義兄さんがみんなそう思ってるって」 「それは嘘だ。そう思う下衆な奴もいるだろうけど、みんながそうなわけじゃない。むしろ、そう思わない方が普通だと俺は思う」 「人の本心なんて誰にも分からないよ。見えないんだもの。口ではなんとでも言えるよ」  それを言われて何も言い返せなくなった。  それはまるで、玲衣への恋心と欲情を隠し、親友のふりをしている自分への言葉のように思えた。  そしてまた、八歳の頃から義兄に洗脳され続けた玲衣の心の傷が、煌が思っている以上に深いことを知った。  義兄の待つあの家に、玲衣を返すわけにはいかない。  そう強く思った。  義兄だけではない、玲衣の義父、そして母親、玲衣の窮地を見て見ぬふりする大人たちにこれ以上玲衣の心を傷つけさせてなるものか! 玲衣は自分が守る。  しかし、自分はまだ子どもで大人と戦う術を持っていない。だったら逃げるのみだ。この逃避行、逃げて逃げて逃げまくってやる。玲衣のためだったら地の果てまででも、どこまでだって逃げてやる。 「玲衣、俺は逃げる、どこまででも逃げるぞ。俺はもうあの馬鹿親父のところには戻らない。俺は本気だ。玲衣は?」  玲衣は大きな瞳の奥を震わせると、今まで見たこともないような真剣な顔をした。 「僕も戻らない。もうこれ以上義兄さんの言いなりにはならない」  玲衣に伸ばしかけた煌の手が、玲衣に触れていいものかどうか宙でためらった。その手を玲衣はしっかりと掴んだ。 「煌、一緒に逃げよう。地の果てまでも、どこまでも」  煌は玲衣の手を強く握り返した。 「よし、そうと決まったらもうモスで豪遊なんて無駄遣いはしないぞ」 「だね、じゃあさっきのモスが僕らの出陣式だ」  二人は浜辺の段ボールの家に戻ると、これからのことについて話し合った。  一万円ほどあったお金はモスと銭湯と洗濯で、六千円弱になっていた。この六千円は何かの時のためになるべく使わないようにし、日々の食費は今まで通り自販機のコインで賄うことにした。  とは言っても、自販機のコインだけで二人が生き延びるのには限界がある。かといって、子ども食堂を頻繁に利用すれば、二人が家出少年だといずれバレて、然るべき所に連絡されてしまうだろう。  いつ終わるとも分からない二人の逃避行。地の果てまで逃げ切ると誓ったのはいいが、現実は厳しかった。  さっきから何かを考え込んでいるようだった玲衣が口を開いた。 「スマホを売ろう」 「えっ、スマホがないと困るよ」 「今のスマホを売って、もっと安いスマホを買おう」  玲衣の言葉の意味を、煌は次の日、スマホの買収店で知ることになる。

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