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第14話

 玲衣が煌にくれたスマホは最新の人気モデルで、なんと買収価格は八万円にもなったのだ。  今さらながら、そんな高価なものをポンと煌にくれた玲衣は河の北側に住む良い家のお坊ちゃんなのだと、煌は再認識させられた。  そのお金で二人は店で一番安く古い型のスマホを買った。購入の際、玲衣が店員にCPUがどうのこうのと質問していたが、煌には何のことを言っているのか全く分からなかった。  Free Wi-Fiが繋がる場所で早速、買ったスマホを起動させる。 「これで安心してG P Sをオンにできる。もっと早くこうしておけばよかった」  前のスマホは玲衣のものだっただけに、警察が介入すればG P Sで二人の居場所を簡単に特定されてしまっただろう。しかし、スマホを買い替えたことで、警察はもう二人を追跡できない。  これは、車両ナンバーを警察に知られた車—それもGPS付き—で逃走していたのを、他の車に乗り換えたようなものだ。  買ったスマホは一万円ちょっとだった。スマホを売ったお金と所持金の六千円弱を足すと、全部で七万円五千円ほどになった。  煌は生まれて初めてそんな大金を手にして興奮した。  ひとり一日の食費を五百円に抑えたとして、二人で一ヶ月三万円。これで二ヶ月ちょっとはどうにかなる。自販機のコインも継続して集めることにした。  その夜は二人ともなかなか寝付けなかった。月夜の美しい晩で、穏やかな波音が耳に心地よい。狭い段ボールの家の中で二人は向き合って寝転ぶ。 「煌は大人になったらなりたい職業とかある?」  玲衣に聞かれたが、煌は今まで将来に夢や希望を抱いたことがない。 「あんまそういうの考えたことないな……。玲衣は?」 「僕も……ない」  夢や希望を持つには、ある一定の幸せな経験が必要な気がする。一度もアイスクリームを食べたことのない人間が、その冷たさと甘さを想像できないのと同じだ。 「僕たちこのままだと中卒になるから、そうなったら就ける職業って限られてくるよね」 「不安?」  本当だったら、玲衣は普通に高校に進学し、そのあとは大学、卒業後はそれなりの仕事に就くはずだったろう。玲衣のためだと言いながら、やはりこの逃亡は無謀だったかと煌は後悔しそうになる。 「ううん、全然。今は学校なんて行かなくたってお金を稼げる時代だもん。ねぇ、煌、二人でユーチューブやらない? おもしろい動画いっぱい上げてさ、売れっ子ユーチューバーになってがっぽがっぽ稼ごうよ。ニコニコもいいよね。今日買ったスマホ、充分に動画を撮って編集するスペックあるからさ」  玲衣が今日店人に聞いていたのは、どうやらスマホの性能に関係することだったようだ。 「えっ、それ、今からってこと?」 「そうだよ、自販機以外の収入源も確保しなきゃだと思うんだ」  煌は玲衣のポジティブさとその行動力に驚いた。  新しい玲衣をどんどん発見する。そして、煌はもっともっと玲衣が好きになっていく。 「いいな、それ、やろう!」  煌が勢いよく身体を起こしたので、小さな段ボールの家が大きく傾き、二人は慌てて倒れないよう手で抑えた。  お互いの顔を見合わせ、同時に吹き出す。波音にまじって二人の笑い声が夜の浜辺に響いた。  早速どんな動画を撮るか話し始め、結局その夜二人が眠りについたのは、明け方近くになってからだった。段ボールの家は少し傾いたままで、いつもより狭く感じた。 「煌、大好きだよ、おやすみ」 「俺も玲衣が大好きだ、おやすみ」  煌は玲衣が瞼を閉じるのを見守った。  自分と玲衣の好きは違うけど、もうそんなことはどうでもいい。こうやって玲衣と一緒に将来の夢を見られる。いや、夢じゃない、現実にするのだ。そしてこれから先もずっと玲衣と一緒にいる。    こんな幸せなことはない。それ以上何を望むというのだ。  そんな想いとは裏腹に、玲衣の薄く開いた唇から目が離せない自分もいる。  一度でいい、柔らかそうなあれに触れてみたい。  突然煌の脳裏に一枚の写真が蘇った。  苦しげに寄せられた眉根、開いた唇、それは男の一物(いちもつ)を咥えた玲衣の悩ましげな顔だった。  ズクン。  下半身と胸が同時に痛んだ。  煌は玲衣に背を向け身体を丸めた。これ以上下半身が熱を持たないように。これ以上自分の想像で玲衣を汚さないように。煌は必死に頭の中の玲衣を追い払った。  外では静かな波音が聞こえていた。  玲衣の伏せられた長いまつ毛がゆっくりと持ち上がる。  目の前の煌の背中を見つめる玲衣の瞳が、物言いたげに揺らいだ。

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