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第23話
スーパーに行ったとき、今回もちゃっかり段ボールをもらってきて、重ねてベッド代わりにした。
せっかく部屋数もあることだし、別々の部屋で寝ようと煌が提案すると、玲衣に猛反対された。それどころかベッドも二つじゃなくて一つがいいと言う。
正直、玲衣とずっと一緒なのは嬉しいが、もうこれ以上は勘弁して欲しいと思っていた。狭い段ボールの家から解放され、やっと玲衣とくっついて寝なくて済むのだ。朝までぐっすり熟睡したかった。
「ひとりがいいんだ……」
「いや、そうじゃなくて……」
「わかったよ……」
のろのろと自分のベッドを作り始めた玲衣の背中がしょんぼりしていて、見ていられなかった。
「じゃあ、せめてキングサイズのでっかいやつな」
振り向いた玲衣の悪戯な笑顔を見た瞬間、今のしょんぼりは演技だったと分かったが、玲衣の笑顔に自分は弱い。そんな顔をされたらなんだって許してしまう。
「煌、大好きだよ」
玲衣が抱きついてくる。
「俺も玲衣が好きだよ」
こんなやりとりをもう何度もしてきた。その度に、煌の後ろめたさの密度が増した。
丸々二日間、列車に揺られ疲れていたためか、その夜、玲衣は横になるとすぐに眠ってしまった。
この家から海が近いといっても、歩いて十五分くらいはある。目を閉じると微かに波音が聞こえるような気がした。
それは、それまで毎日段ボールの家の中で聞いていた波音の残像のように思えた。
窓から差し込む月明かりが玲衣の寝顔を照らしていた。今だったらスマホのカメラ越しでなくても、こうやって玲衣を見つめることができる。
長いまつ毛、形の良い鼻、細い顎。起きている時の玲衣の輝きが太陽なら、寝ている時の玲衣は月だ。
月のように綺麗な玲衣。
ダメだと思いながらも手が伸びる。
玲衣の細い絹糸のような髪にそっと触れた。それから、顔の輪郭を確かめるようになぞり、指先がたどり着いたのは薄く開いた唇だった。
唇の周りをうろついた指は、ためらいがちにその間を割って入る。生温かく頼りない柔らかなものが指先に触れた。
身体の中心に電流が走る。
その瞬間、玲衣の伏せられていた瞼が開いた。吸い込まれそうな大きな瞳が真っ直ぐに煌を捉えている。
「ダメだよ」
はっきりとした口調だった。
心臓が口から飛び出そうなほど驚いた。
手を引っ込めなければと思いながらも、金縛りにあったように身体が動かない。耳だけがズキズキ痛むほど脈打っている。
何か言わなければと思いながらも、舌まで麻痺したように思い通りにならなかった。
やがて玲衣の瞼はとろりと溶けるように降ろされ、その唇から静かな寝息が漏れ始めた。
しばらく様子を窺ったが、玲衣の瞼が再び開くことはなかった。
寝言か? 今のは寝ぼけていたのか?
性懲りもなく下半身がまた熱を持ち始めた。それどころか玲衣の瞳に見つめられ、その声を聞いてさっきより熱さが増している。
煌は細心の注意を払って玲衣の横から抜け出ると、部屋の外に出た。
ずっと使われていない乾いた浴室で、煌は低く呻めきながら後ろめたい欲望を吐き出した。
これが初めてではなかった。今までも何度か夜中にこうやって自分を慰めたことがある。
玲衣のあの桜唇 が自分のものを含むのを想像した。胸に爪を立てたくなるほど罪悪感を感じるのに、それと反比例するように下半身は興奮した。
玲衣の心を傷つけた義兄を憎みながら、その男と同じことを玲衣にしたいと思っている自分がおぞましかった。
手の平に吐き出された白濁した罪を煌は握りしめた。
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