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第31話

「私が憎いかね、しかし私の裁量一つで逆送させることもできるのだよ」  逆送とは、少年事件において家庭裁判所が重大または悪質と判断した場合、成人と同じ刑事裁判を受けさせるため、検察に事件を送り返すことをいう。  これには殺人や強姦、放火などの凶悪事件などが含まれる。刑事裁判で実刑判決を受けると、少年刑務所に入ることになる。もちろん、前科もつくことになる。 「未成年者誘拐罪だけじゃなく、おまえへの強姦罪もつけようか? そういう関係だったというじゃないか」  煌とのキスがもう義父の耳に入っているのだ。  怒りで頭が真っ白になった。握りしめた拳が震える。 「僕を強姦しようとしたのは義兄さんだよ、知ってるでしょ」  義父はピクリと眉を動かしただけだった。 「そんなに言うなら告訴を取り下げて示談にしてやってもいい。しかし、あの呑んだくれの父親に示談金を払えるとはとても思えないがね、おまえの懸賞金百万に目の色を変えたと言うじゃないか。玲衣、そいつに前科をつけさせたくなければ、素直に私の言うことを聞きなさい」  そう言い捨てると、義父は自分の部屋に入ってしまった。  蟻地獄みたいだと思った。  もがけばもがくほど、状況が悪い方へといってしまう。  自分は本当に煌に何もしてやれないのか。このまま煌が冤罪を着せられるのを黙って指をくわえて見ているしかないのか。  歯痒くて不甲斐なくて、心がちぎれそうだった。  自室に戻ると再びパソコンを立ち上げた。  未成年者が逮捕された後、どこへ連れていかれ、どのような扱いを受けるのか、とにかく今、煌の身に起きている事を調べた。  それによると、捜査を受けている最大四十八時間の間は、管轄の警察署の留置場にいると書いてあった。    留置場がどのような場所か気になった。刑務所みたいに鉄格子があったりするのだろうか。  留置場について調べてみた。  今日、煌は連れて行かれたとき半袖のTシャツ一枚で上には何も羽織っていなかった。夜は寒くはないだろうか。留置場では食事は出るのだろうか。  玲衣は、自分もずっと何も食べていないのに、煌がお腹が空いていないか心配になった。  消灯時間はとっくに過ぎているだろうから、煌は暗闇の中どうしているだろう。  警察の取り調べで疲れ果てて眠っているのか、それともこれからのことが不安で眠れずにいるのか。  煌は警察に未成年者誘拐罪について聞かされて、どう思っただろう。  煌が玲衣を誘拐しただなんて、そんな馬鹿な、と思ったはずだ。  でもそれから?   玲衣の同意があっても罪になると、玲衣の義父が告訴を取り下げない限り、煌は家庭裁判所送りになるのだと、最悪少年院に入ることになる可能性があると知ったあとは?  煌は玲衣と一緒に逃げたことを後悔する?   玲衣と友だちになったことを、玲衣と出会ってしまったことを後悔する?   玲衣だけなんのお咎めもなく、自分だけ罰せられてと、玲衣のことを恨めしく思ったりする?  そして、玲衣のことを、嫌いになる?  喉の奥がぎゅっと狭まって熱い塊がせり上がってきた。 「ヤダよ、煌。僕を嫌わないで、煌……」  家族の前では絶対に泣くまいと我慢していた涙が溢れた。  家族……。  彼らは玲衣の家族なんかではない。  弟にセックスを迫る義兄、玲衣を義弟のおもちゃとしか思っていない義父、自分の保身のために息子を犠牲にする母親。  慣れ親しんでいたはずの自分の部屋が、他人の部屋のように思えて居心地が悪かった。  煌と二人で作った秘密基地のような段ボールの家は、強い海風が吹くと吹っ飛んでいってしまうような、粗末で小さなものだったが、玲衣には世界で一番心が安らぐ場所だった。  日本最南端の地にある白い壁と青い屋根の家は、二人が長旅の末にたどり着いたユートピアに建つ城だった。  この部屋の寝心地の良いベッドが固く冷たく感じた。  段ボールのベッドが恋しかった。  煌の隣は温かくて、柔らかな陽だまりのように優しかった。  家族というものが、同じ屋根の下で一緒に安らいだ眠りにつける存在だとしたら、玲衣の家族は煌だけだ。  それだけじゃない。煌はもっと、玲衣にとって煌は家族よりももっと大事で特別な、かけがえのない存在だ。  煌が、好きだ。苦しいくらいに。  もう、ずっと前から。

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