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第33話
初めて自分ひとりの力で義兄を撃退した。それまで玲衣の絶対的な支配者であった義兄に、ついに逆らったのだ。
煌への恋心をはっきりと認めた今、義兄に触れられるのは耐えられなかった。
以前の玲衣は壊れかけた心を無にすることで、どうにかその場をやり過ごしていた。
これ以上粉々に砕けてしまわないよう、全てを諦め、何も求めず、そのおぞましい時間がただ過ぎ去ってくれることだけを考えていた。
けれど、煌と出会い、一緒に時間を過ごすようになってから、再び〝求める〟という感情が生まれた。
今まで、その存在を無視し続けた心の手を伸ばした時、煌はそれをしっかりと掴んでくれた。
まるで光の雨を浴びているかのような喜びだった。
その喜びはやがて恋心に変わり、光は炎となって玲衣の中で燃え続けている。
煌以外の人間に身体を預けるくらいなら、死んだほうがマシだった。
義兄に言ったことは口から出まかせではなかった。
煌と一緒なら逮捕されようが少年院に入ろうが、前科がつこうがかまいやしなかった。
今のようにに煌だけが悪者にされ、玲衣が煌の被害者となっているような状況よりよほど気が楽だ。
けれど、玲衣はよくても、煌はどうだろうか。
本当にそんなことになったら、義父は激怒して煌を逆送するに違いない。
玲衣の道連れで、少年刑務所に入り前科がつくことになってしまったら、それでも煌は変わらずに玲衣に笑いかけてくれるだろうか。
自惚れるのもいい加減にしろ。
もうひとりの自分が囁く。
煌が玲衣に淡い恋愛感情を持っていたのが事実だとしても、煌はもともと普通の男の子なのだ。
八歳の頃から男の身体を覚えこまされた自分とは違う。
一緒に少年刑務所だと? 笑わせるな。
百年の恋でも一気に覚めるだろう。気味悪がられるのがオチだ。
『俺も玲衣が好きだよ』
玲衣の〝友情の好き〟に見せかけた『煌、好きだよ』の言葉に、いつもそう返してくれていた煌。
煌の好きはどれくらいの好きだった?
やっぱり自分は女の子の代わり?
今だけの一過性のもの?
煌に会いたい。会って聞きたい、煌の気持ちを。
次の日の朝、玲衣は煌の父親に会いに行った。
河の南側に住む煌の公営団地には、以前一度だけ部屋の前まで行ったことがある。
ところどころ塗装が剥げ、錆びが目立つ玄関ドアの呼び鈴を押す。しばらく待っても応答がないので、今度は少し長めに呼び鈴を押した。
やはり仕事に行っていないのだろうか。煌の父親は週の半分くらいしか働いておらず、昼から家で呑んだくれていることも多いと、煌は言っていた。
しつこく呼び鈴を鳴らしていると、隣の住人が顔を出した。
「お隣さんならいないよ」
「いつ帰ってくるか、分かりますか?」
「そうじゃなくて、家賃滞納で強制退去になったんだよ」
誰も煌の父親がどこに行ったのか知る者はいなかった。
酒浸りで近所の評判も悪く、いなくなってくれて良かったと、みんなが思っていることがその話し方から伝わってきた。
町の図書館へ行き、ネットで全国約千三百箇所の留置場の中から、煌が勾留されている可能性のある施設を調べた。
その数は三十ほどだった。公衆電話からその一つ一つに電話して、煌がいるかどうか聞いてみた。
教えられないと突っぱねられる所もあれば、いないと明言してくれる所もあった。
その中の一つが、被疑者の住所を管轄する警察に問い合わせると良いと教えてくれたので、早速電話してみたが、ここでも教えられないと言われてしまった。
リストの最後にある留置場で「教えられない」と突き放されると、玲衣は途方に暮れた。結局、煌がどこにいるのか分からなかった。
帰り道、駅前のモスバーガーの前を通りかかった。そこは、煌と一緒に玲衣が初めてファストフードを食べた店だった。
橋の上から、おもちゃのブロックのような公営団地が遠くに見えた。下には背の高い葦が茂っている。
この橋の上で、初めて煌と抱き合った時のことが思い出された。
それから二人は、葦の中に座って朝まで過ごした。
町のあちこちに煌との思い出の破片が散らばっているのに、町はあの時と何も変わっていないのに、煌だけがここにいない。
玲衣の一番大切なものがここにはない。
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