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第36話
「いいことを教えてやるよ」
義兄のニヤついた顔を一瞥しただけで、階段を上がろうとする玲衣に、義兄の声が追いかけてくる。
「あいつがどうなったか知りたくないのか?」
義兄の挑発かも知れないと思いながらも、振り返った。
「少年院行きに決まったよ」
玲衣は耳を疑った。
煌の少年院行きが決まっただって? まだ逮捕されてから一ヶ月も経っていないじゃないか。
普通は処分が下るまで、もっと時間がかかるんじゃないのか?
「嘘だ」
「嘘だと思うなら電話して聞いてみるといい」
それだけ言うと、義兄は鼻歌を歌いながら行ってしまった。
こんなに早く処分が決まるなんて、異例の早さだ。
義父だ。義父の差し金に違いない。
煌が身柄を拘束された時からこうなることが、最初から分かっていたのだ。
あの日、二人の警官に挟まれてワゴン車に乗っていたのが煌だったとしたら、あれは家庭裁判所に行く時だったのか?
それとも少年鑑別所? そうだと知っていたらあの瞬間、もっと何かできたのではないだろうか。
後悔の波に襲われ胸が潰れそうになる。
少年院に入れられてしまったら、玲衣には手も足も出ない。
部屋の隅に、今晩窓から脱出する時に持っていくはずだった鞄が置かれていた。
中には煌への差し入れの他に手紙が入っていた。
玲衣は鞄から手紙を取り出すと破り捨てた。
その夜、夢に煌が出てきた。
後ろ姿だけで、何度呼んでも振り返ってくれなかった。
その姿はまるで玲衣を拒絶しているかのようで、玲衣は泣きたくなった。
次の朝、玲衣はH警察署に電話をかけた。しばらく待たされて教えられた内容は、義兄が言ったことと同じだった。
「どこの少年院に、どれくらい入ることになったんですか?」
一年半。
返ってきた答えはそれだった。
通常、一年が平均的と言われる中で、厳しめの処分だった。どこの少年院かまでは分からないと言われた。
ダメもとで、ネットで調べた全国にある少年院の一つ一つに電話をかけてみた。全部で五十近くあった。
結果はどこも〝三親等以外の人には、教えられない〟だった。
煌の父親の居場所は分からない。
これ以上、玲衣になす術がなかった。
一年半後、煌が出院する時には、二人とも十七歳になっている。
一年半が途方もなく長く感じられた。
その間、玲衣は待つことしかできないのだ。会うことも、手紙を書くこともいっさいできない。
煌が出院して帰ってくる家さえも分からないのだ。
煌のことが何も分からない以上、玲衣が煌に会う方法は一つだけ。
少年院を出院した煌が、玲衣に会いにきてくれることだ。
十七になった煌は、その時もまだ玲衣に会いたいと思ってくれているだろうか。
それ以前に、煌は玲衣に腹を立てているのではないだろうか。
玲衣のせいでこんなことになってしまったと。
文句でもいい。煌が玲衣に会いに来てくれるならなんでもいい。殴られたってかまわない。
けど、もし煌が玲衣に会いに来てくれなかったら?
もう二度と自分は煌に会えないのか?
一生?
絶望の深い谷底に突き落とされたような気がした。
嫌だ。そんなの絶対に嫌だ。
ふと、義父は煌がどこの少年院に入るか知っているのではないかと思った。
玲衣の思った通り、義父は煌の行き先を知っていた。
「教えてやってもいい、ただし……」
義父は玲衣に煌の居場所を教えてくれる代わりに、交換条件を出してきた。
それは、日本で一番偏差値の高い高校に玲衣が合格したらというものだった。
玲衣は迷った。
なぜならその高校は家から遠く、入学したら寮に入らなければいけなくなる。
それでは煌が玲衣に会いに来てくれた時に困る。
けれど、それはあくまでも煌が会いにきてくれたらの話だ。
もし煌が会いに来てくれなかったら?
少年院がどこか分かっても、三親等以外面会は許されていないので、玲衣は煌に会うことはできない。
それでも、会えるかどうか分からないのをただ待つよりいいように思えた。
一年半後、煌が出院してきそうな時期を狙って少年院の前で待ち伏せすればいい。
その日から、玲衣は猛烈に受験勉強を始めた。
煌に会いたい気持ちを紛らわせるためにも、勉強はちょうどよかった。
文字通り寝る暇を惜しみ、食事の時でさえも参考書を手放さなかった。
そして玲衣は翌年の春、日本一偏差値の高い高校に合格を果たした。
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