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第48話

 本当は煌の出院は四月だったが、一度少年院を脱走したことで、二ヶ月伸びて六月になっていたことを玲衣は知らされた。  煌が自由に外出できると言ったのは嘘だったのだ。  玲衣は慌てた。  自分が煌に渡した電話番号が間違っていたのだろうか。いや、そんなはずはない。  玲衣は六月からのショートメッセージと着信履歴を一つ一つ確認した。  しかし、どこにも煌らしき番号は見当たらない。  それにたとえ電話が繋がらなくても、煌は玲衣の高校を知っている。その気になれば学校に会いに来ることもできるはずだ。  少年院を出て煌に何かあったのか?   それでも、電話の一本くらいかけてこられるはずだ。  煌、どうして? なぜ?  ぷっつりと消息を絶った煌が、その後も玲衣に連絡をしてくることはなかった。  今でも目を閉じると、煌に抱かれた時のことが鮮明に蘇り、身体の芯が疼いた。  煌の匂いや体温がすぐそばに感じられ、まるで煌の腕の中にいるようだった。  玲衣を置き去りにしたくないと言った煌は、自分の気配を色濃く残したまま、玲衣を置き去りにして姿を消した。  それから、七年の歳月が過ぎた。  煌はカメラのファインダーから顔を上げ、焼けつく太陽に手を翳した。  赤道に近いこの島で撮影を始めて、そろそろ二週間になる。今朝、ここに来る途中で二度、観光客に道を聞かれた。真っ黒に日焼けした煌は、現地の人間と間違われたのだった。  南の島の海は、仕事の依頼が多い。  煌は現在、プロの風景写真家として生計を立てている。その収入のほとんどは海外からで、写真共有サイトで直接販売したり、それを見て撮影依頼が入ることも多い。  海だけをひたすら撮った煌の写真は、人物が写っていないのにもかかわらず、誰かが海と戯れているような不思議な魅力があると人気だった。  先日、海外の出版社から写真集を出さないかと話を持ちかけられたくらいだ。  七年前、少年院を出た煌は、溶接やフォークリフトといった少年院にいる間に取得した資格でどうにか働き口を見つけた。  父親の元には帰らなかった。  雇い主が良い人で、煌に通信制の高校に行くことを勧めてくれたが、半月ほど通って辞めてしまった。義務でないなら、もう勉強はしたくなかったし、自分には学歴は必要ないと思った。  仕事が休みの日は、近所の海に出かけて写真や動画を撮った。  それをなんとなくS N Sにアップしていたら、〝すごく綺麗!これは売れるレベル〟みたいに褒められた。    調子にのって写真販売サイトに登録すると、いきなり最初の月から小遣い程度の収入になった。それから、働きながら撮った写真をネットで販売し続けた結果、二年ほど前からなんとか写真だけで食べていけるようになった。  海以外の風景は撮らないのか? と聞かれることもあるが、煌は頑なに海だけを撮り続けた。  煌は知っていた。なぜ自分が海ばかりを撮るのか。海でなければ撮る気が起こらないのか。  煌はカメラ越しに、少年の日の夏の海を見ていたかったのだ。  正確に言えば、煌はそこに探していた。  今でも胸が焼けつくように恋焦がれる、煌の大事な大事な存在、玲衣の残像を。  少年院を出た煌は、玲衣に連絡をしなかった。  あの日、青い屋根の家で玲衣と再会し、ずっと欲しくてたまらなかった玲衣を愛した。  今でも腕の中に、あの時の玲衣の肌のなめらかさや匂いが、昨日のことのように思い出される。  たくさん触れ合い、愛し合い、いろんな話をした。  幸せだった。  この時間が永遠に続けばと思った。  けれど、あの時からすでに煌は心に決めていた。  これが玲衣に会う最後だと。  自分は玲衣にふさわしくない。    あの日、玲衣の話を聞きながら、それを痛いほど思い知らされた。  いや、そんなことはずっと前から分かっていた。  もともと玲衣と煌では、住む世界が違うのだ。

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