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第51話

 会社を辞めた玲衣は、今は新しいことを始めて暮らしている。 「玲衣、僕はまだ君のことが……。もう七年だ、いつまで待つつもりなんだ?」 「死ぬまで」  玲衣の頑なな態度に、颯太はため息をついた。 「彼の事となったら、玲衣は絶対に譲らないんだね。高校の時とちっとも変わってない。彼の何が、玲衣をそこまでさせるんだい?」 「煌が……僕の原点だから。煌がスタートで、ゴールもまた煌なんだ。煌を好きでなくなった僕はもう僕じゃない」  そう言うと、玲衣は立ち上がった。 「そろそろ行くよ、飛行機の時間があるんだ。今度暇があったら遊びに来てよ。海が綺麗で、いい所だよ」  玲衣はクラスメイトたちに別れの挨拶をすると、店を出て行った。  そばにいた友人が、颯太に話しかけてきた。 「玲衣って前から綺麗だったけど、大人になって一段と色気が増して美しさに磨きがかかったというか……。芸能界入ったり、モデルでもなんでもできそうなのにな」 「ある意味、玲衣は芸能人って言えるんじゃないか」  颯太は、玲衣の空になったグラスを見つめながら言った。 「あ、そっか、けっこう稼いでるらしいからすごいよな。でも、なんかちょっとあの美貌でもったいないような」 「でも本人は幸せそうだったよ……」  うん、と友人は頷き、二人はなんとなく玲衣が出て行った方を眺めた。    飛行場に着くと、玲衣の乗るはずだった便が欠航になっていた。  出発地は晴れていても、目的地が悪天候ということは、よくあることだ。飛行機会社からスマホに通知が届いていたが、今まで気づかなかった。  空港の近くで一泊できるホテルを探す。  こんなことになるのなら、もっとみんなと一緒にいられたのにな、とも思ったが、早くひとりになりたい気持ちもあった。  玲衣は空港の大きな窓から見える白い月を見上げた。  颯太と煌の話をしたからだろうか。煌はいつでも玲衣の心の中にいたが、実際にその名前を口にし、誰かと話をするのでは感じ方が違う。  煌、今夜はすごく君が恋しい。  少年院を出たらすぐに連絡をくれると言った煌が、姿を消してから七年。  長かったようで、あっという間の七年だった。  約束を破った煌に憤りを感じ、失望し、それでも好きで忘れられないと涙を流し、ある意味七転八倒した七年間でもあった。  煌が好きで恋しくて会いたいはずなのに、途中から約束を破った煌に恨みつらみをぶちまけるために会いたいのか、何なのか訳が分からなくなったこともある。  颯太を始め、七年間でいろんな人から告白をされた。(ほぼみんな男だった)共同で起業した友人からも、ずっと好きだったと言われた。  けれど、玲衣には煌だけだった。  煌じゃないと嫌だった。  煌以外は考えられなかった。  ホテルに着くと、手違いで部屋の準備がまだできていなかった。ドリンクを一杯サービスするので、ホテルのラウンジで待ってほしいと言われた。  外国人観光客がちらほらいるバーカウンターに座って、ソフトドリンクを飲んでいると、首からカメラをぶら下げた大学生くらいの青年が声をかけてきた。  赤毛で、緑色の目が宝石みたいな青年だった。  彼は玲衣を空港で見かけたと言い、訛りのある英語を話しながら、玲衣の隣に座った。  青年はフランスの大学生で、カメラを専攻していると言う。  話すうちに、二人は同じ飛行機に乗る予定だったことが分かった。  使い込まれたリュックから青年は何かを取り出し、自分には憧れている写真家がいると、玲衣の前に置いた。  それは、一冊の写真集だった。

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