53 / 54

第53話

 フランスが朝になるのを待って、ホテルの部屋から国際電話をかけた。  聞き取りづらい英語で、担当者がまだ出社していないので、後からかけ直してほしいと言われた。玲衣は自分の名前と電話番号、そしてメールアドレスを伝え、電話を切った。  昨日会った青年と、朝ホテルのロビーで再び顔を合わせた。  玲衣は午前中の便だったが、彼は午後の便に変更されていたようだった。彼が「明日にはフランスに帰らないといけないのに」と困っていたため、玲衣は自分の便と変わってあげることにした。  フランスから電話がかかってくるかもしれないし、何より、彼のおかげで煌のことが分かったのだ。青年には、玲衣が煌の知り合いであることは黙っておいたが、彼には感謝しかない。  フライトの時間が迫る直前まで、何度もフランスに電話をかけ続けたが、担当者はまだ出社していないと繰り返し言われた。しつこく電話をかけ続ける玲衣に、「来たらこっちから連絡するから」と、最後には乱暴に電話を切られてしまった。  降り立った南の地は、昨日の悪天候が嘘のように晴れ渡っていた。  飛行機を降りてすぐ、懲りずにまたフランスに電話をかけた。玲衣の声を聞いた途端、「Not yet!(まだ来てないよ)」と、ぶっきらぼうに電話を切られた。  空港の駐車場に停めていた車に乗り込み、エアコンのスイッチを押そうとして止めた。  なんだか風を感じたい気分になって、窓を全開にした。  大きな入道雲が浮かぶ空の下に、まっすぐな道が続いている。  途中、大型ショッピングモールに寄った。  昔、煌と一緒に万引きをしたモールだった。その時のお詫びも込めて、大量に食材や生活に必要なもの買い込んで、車に積んだ。  日本最南端をアピールするこの辺りは、以前は寂れていたものの、最近は新しいカフェやレストランができて活気を取り戻しつつあった。  玲衣が引っ越してくる少し前にオープンしたという、家の近くのカフェに車を停める。  内装はカフェらしいがアットホームな雰囲気で、飲み物だけでなく、客のリクエストに応じた料理も出してくれる。  オーナーは都会で脱サラし、この土地に移り住んだ三十代の男性だった。引っ越してきた当初、何かとお世話になったこともあり、玲衣は週に一度は店を訪れるようになっていた。  玲衣の顔を見るとオーナーは「同窓会どうだった?」と、笑顔を向けてきた。  客は玲衣だけだったが、玲衣がいつも座る窓際の席には、前の客の食器が残っていた。 「今すぐ片づけるから」  テーブルの上を拭きながらオーナーが「さっき外国人のお客さんが来てさ」と話し始めた。  どうやら、フランス人の大学生もこのカフェに立ち寄ったようだ。 「俺、英語分かんないからどうしようかと思ってたら、ここに座ってたお客さんが通訳してくれたんで助かったよ。なんかその後、二人意気投合してさ、何話してんのかは分かんなかったけど、外国人の客の方がとにかく興奮してしゃべってたな」 「へぇ」と、玲衣はオーナーの話を聞き流しながら、「いつものお願い」と注文した。 「そうそう、この席に座ってたお客さん、玲衣ちゃんと同じもん欲しがってさ。玲衣ちゃんに出すのと同じように揚げて砂糖をまぶしてあげたら、『こんな食べ方があるんですね。すごく美味しい』って喜んでくれたよ。最初に玲衣ちゃんがあれ食べた時とまるっきり同じ反応でさ、歳も同じくらいだったかな。それにしても、若いのに今どきパンの耳なんて食べたがる人が、玲衣ちゃん以外にもいるんだね」  頬杖をついて海を眺めていた玲衣は顔を上げた。 「そのお客さんって、男? 女? どんな感じの人?」  まさか……まさか、まさか、まさか。 「男性だよ。背が高くて、やたらイケメンだった。今どきみんな写真はスマホで撮るのに高そうなカメラ持ってたから、もしかしたらプロのカメラマンかもな」  玲衣は椅子から勢いよく立ち上がった。 「その人、いつ店を出て行ったの? どっちの方に行った?」 「えっと……。浜辺をちょっと歩いて帰るって言ってたかな。玲衣ちゃんが来るほんの三十分ほど前だよ」  玲衣は突風のようにカフェを飛び出した。  もし昨夜予定通り飛行機が飛んでいたら、もしフランス人にフライトを変わってあげていなければ、もしショッピングモールに寄らずにカフェに来ていれば、もし空港に降り立ったときにフランスに電話をかけていなければ、煌に会えていたかも知れない!   そう思うと、身体中の血液が逆流するような後悔に襲われたがもう遅い。  煌だ、煌に違いない。  ああ、神様、どうかまだ煌が浜辺にいますように。  玲衣は全力で浜辺へと駆けた。

ともだちにシェアしよう!