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第2話
「はい、本庄さんもっと笑ってください。」
記者会見も無事終わり、写真撮影が始まった。
「いやー、3人並んでも違和感なく血が繋がって見えますもんねー。本庄さん凄いですよ!」
どう返していいかわからず曖昧に笑う俺に代わって、隣にいる若者がカメラから目線を外さずに答える。
「でしょ!俺も『千年の約束』見て、この人父さんに似てるなって思ってたんだよねー。」
若く美しいその顔は父親に程よく似ていながらも父親にはない親しみやすさを滲ませていた。有人は、これは人気が出そうだなと思いながらカメラの方に視線を戻した。
「ねえ、有人さん、今日時間あったらご飯行きませんか?俺有人さんのファンなんで過去作の話聞きたいんです。」
恵まれたものの特権らしき距離感の近さに戸惑っていると、
「拓人は本当に君のファンだよ。君の出演作は多分全て持ってる。もしよかったら私も一緒に行きたいな。個室のいい店があるんだ。拓人から話を聞いていたら私もファンになってしまってね。」
と雄人に微笑まれた。有無を言わせない圧を感じて有人は是非と答えた。
♦♦♦
雄人の用意した店は自分が通うには敷居が高そうな外観だったが、暖簾をくぐると素朴な老婦人が部屋に招き入れてくれた。部屋には本当に雄一と拓人がいて、既に適当に始めているようだった。
「有人さん!本当に来てくれた!生有人さんだ!」
こちらに飛び跳ねるように近寄ってくる拓人は歳相応に可愛い。その奥でゆったりと酒を飲む雄一はまるで雑誌の写真を切り取ったみたいでなんだか有人は不思議な気分になった。
「本庄君は酒は飲めるかい?」
「はい、強くはありませんが好きです。カクテルやワインが好きで、バーにもよく行っていました。」
そう答えると雄人はワインリストの中から何本か勧めてくれた。有人はその中から軽めの赤を選んだ。それに拓人も興味を示して同じものを頼んだ。有人は緊張していたが、拓人が頻繁に話しかけてくるのでだいぶ穏やかに話は進んだ。
拓人の瞼が完全に閉じて、この会もお開きかという雰囲気が漂いだしたころ、ふと雄一が口を開いた。
「大体察しはついているだろうから先に言っておくが、今回のドラマの話は実は最初から私達の共演の話が先でね、私の前の事務所、トップライトのタレントを使う予定だったんだ。」
そうだろうなと有人は一人納得していた。渡された資料のスポンサーの名前の一番初めにトップライトの名前があった。芸能界で一、二を争う大手企業で、自分達のところで映画を作ることもある。当然、出演する俳優は自分達の事務所のタレント達ばかりになるのが常であった。なので有人も自分へのオファーが不自然だとは思っていた。
「ところが、拓人が君をこの役にと聞かなくて。拓人のことはありがたいことにトップライトも目をかけてくれているから自由にさせてくれて。アイドルという柄ではないからうちの事務所にいるけれどもね。」
「そうですか?資質はありそうですが。初めて会ったとき、人に好かれそうなタイプだと思いました。」
有人がそう言うと拓人は輝くばかりの笑顔を向けてくる。そういうところだよと有人は照れて顔を背ける。
「それって割と俺は好印象ってこと?へへ、嬉しい。俺本当に有人さんのファンなんだ。だからすっごい嬉しい!嬉しいしかない!好き!」
酔っているのか距離感0で絡んでくる拓人に戸惑っていると、眠そうな目をしながら拓人が言った。
「でも、本当に俺は歌って踊ってお芝居してって全部できるタイプじゃない。確かに父さんの言う通り柄じゃないんだ。父さんはすごかったよ。全国ツアーをしながらバラエティーのロケやドラマをこなしててよく倒れないなって思ってた。全然会えなかったけど、尊敬できたよ。それに最初から有人さんに憧れてこの世界に入ったから選択肢は俳優一択だった。」
そんな話をしながら夜は更けていった。睡魔は確実に拓人を支配し、遂にはすやすやと有人の肩に持たれて寝息を立て始めた。その様子を見て二人共に、今日はお開きにしようと帰り支度を始めた。
帰りの車の中で、このドラマが彼の今後を決める大事な作品になることや、休養期間中何をしていたか等を話した。最後に雄人に、だからよろしく頼むと言われ、有人はよろしくお願いしますと無難な返事を返した。しかし、有人にははっきりとわかった。雄人が今日誘ったのは、有人が息子にとって有害な人間かどうかということの確認と大事な息子の邪魔を決してするなと釘をさすためだということを。
有人は一瞬だけなにかざらりとしたものが腹の底をはいずったような感覚がした。
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