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少年ロレンツの青い使命 [6]

――翌朝。 「えっ! レオ、出かけちゃうの?!」  寝間着のまま起きてきたロレンツに、しっかりとスーツを着込んだレオネは残念そうに肩をすくめた。 「ごめんよ。今日は大事な来客があるから、どうしても抜けられないんだ」  レオネにとって自分より大事な来客が存在するなんて。ロレンツは純粋にショックを受けた。  これまでロレンツがレオネに会いに来た時は、いつもレオネは一緒にいてくれたのだ。 「急に来るからいけないんだ」  そう笑いながらロレンツの頭をポンポンと撫でてきたのは、レオネと同じくビシッとスーツを着たジェラルド。 「レオネだって暇じゃないんだ。今までお前が来る時は何日も前から予定を調整してたんだよ」  そう言われては何も反論出来ない。それでもレオネと一緒にいられないなんて、ここに来た意味がないではないか。  不満を隠しきれず黙りこくるロレンツにレオネが微笑んだ。 「私は昼過ぎには帰ってこれるから」  『私は』ということは、レオネだけ先に帰ってきてジェラルドの帰りは遅いようだ。これはレオネと二人だけで話すチャンス到来だ。うまく行けば今日二人でここから逃げ出せるかもしれない。 「うん、わかった! 待ってる」  ロレンツは浮き立つ気持ちを抑えきれず、先ほどとは打って代わり笑顔で返事をした。 「午後は一緒にゆっくりしようね」  そう優しく微笑むレオネにロレンツはドキッとした。なんだか今朝のレオネは一段と綺麗だ。綺麗と言うか、色っぽいというか。高級そうなスーツを身に纏っているせいかもしれない。  それからレオネはジェラルドと共に出かけていった。  玄関先に停められた車に乗り込む二人を窓から見る。  二人だけなので険悪な雰囲気を期待したが、レオネはジェラルドに輝くような笑顔を向けていた。そんなレオネの美しさに、デレデレとだらし無い顔で後部座席へとエスコートしているジェラルド。レオネの腰に当然のように回されたその手に、ロレンツは激しい嫌悪感を感じた。 (きっと運転手がいるから、レオは仲の良いフリをしてるんだ)  常に気を張り、感情を押し殺しているだろうレオネが心底可哀想だと思った。一刻も早く悪魔の手から救い出してやらればならない。  それからロレンツは本を読むなどして、午前中の時間を潰そうとしたが、談話室にあった本はどれも難しくてすぐに飽きてきた。 「暇なら手伝えよ」  ソファでパラパラと本をめくっていたら、昨日の無礼な使用人見習い、ディーノが声を掛けてきた。  相変わらず着崩しただらし無い格好ではあるが、一応仕事はしているようで、肩に梯子を担いでいる。 「なんでこの僕が、お前なんかを手伝わなきゃいけないんだよ」  ロレンツは目も合わせずにぶっきらぼうに答えた。  ロレンツの母ソニアは元メイドなので、ロレンツも極端に使用人を下に見ることはしない。だがこの無礼な男は別だ。こんな奴の手伝いをするなんてあり得ない。 「この屋敷、使用人はじいちゃんと、マルタばあさんだけなんだ。電灯を拭けって言われたから梯子おさえててよ。嫌なら午後にレオネ様とやる」  レオネは使用人にも優しいので『手伝ってください』と言われればきっと応じてしまうだろう。レオネとゆっくり過ごすはずの時間を、こんな奴に邪魔されるのは御免だ。  ロレンツは渋々腰を上げた。 「お前さ、僕が梯子を揺らしたりしないかって思わないわけ?」  玄関ホールに立てた木製の梯子にディーノが登り、ロレンツはそれを押さえながらニヤリと意地悪な笑みを浮かべた。 「いくら甘やかされて育ったバラルディ家のお坊ちゃんでも、やっちゃいけないこと位わかるだろ。ジェラルド様の孫なんだし」 「なんだよそれ……」  馬鹿にされているのか、褒められているかよく分からず、ロレンツは曖昧な悪態をついた。 「それにお前、レオネ様に嫌われそうなことは絶対しないだろ?」  ディーノが電球を拭きながら笑う。ロレンツは「当たり前だ」と強い口調で答えた。 「あんた、本当にレオネ様大好きなんだな」  更に笑うディーノにロレンツはムッとした。今度は明確に馬鹿にされている気がした。 「お前に関係ないだろ」 「いや、そうだけどさ。レオネ様、来年で四十歳だぞ。親と同じくらいだろう。そりゃ若い頃は『社交界のホワイトローズ』とか言われてたらしいけど、もうさすがにオッサンじゃん」 「レ、レオを『オッサン』なんて言うな! レオは今でも綺麗だ!」 「まあ、レオネ様はそこらのおばさんよりも全然綺麗だとは思うけどさぁ。でもそこそこ老けてきてるじゃん」 「お、お前ッ! マジで揺らすぞっ!」  昨日ロレンツはレオネの顔を間近で見て、その肌に衰えを感じた。ロレンツにとってレオネの加齢は向き合いたくないことで、それをディーノが口にしたことに心底腹が立った。 「わー、わかった、わかった」  ロレンツの本気の怒りを感じ取って、ディーノが梯子を降りてきた。 「悪かったって」  面と向かって謝られる。相変わらず品のない口調だが、謝罪の誠意は感じた。  しかし、 「で、あんたはレオネ様のこと抱きたいと思ってんの? 抱かれたいと思ってんの?」  その質問にロレンツの怒りは爆発し、考えるより先に右の掌がディーノの頬をおもいっきり引っぱたいていた。

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