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第3話 恋のはじまり、今は昔の……

〈親切ついでに、ちなみに朗報です。セックスもできます、恐らく〉  熱愛カップルの常で、ベッドはおろか台所でさえ事におよんだ。テレビ台の前で、上になり下になりしてさまは、 〈目の保養と言っておきますです、一応〉  どういたしまして、と翔馬は冷ややかに応じた。だいたい、かりそめの命云々なんて眉唾くさいにも程がある。だが仮に真実が含まれているとしたら? この世に強い心残りがある者への救済措置みたいなものだろうか。  八百万(やおよろず)の神々が住まう国だけに、超自然的な力が働いてもおかしくない。第一、翔馬自身が今や人外の端くれ。  心臓のあるなしは別でドキドキしだした。闘病のすえあの世へ、というケースでは、少なくとも愛する人に別れを告げる余裕がある。かたや出先で悲劇にみまわれたため、明良と〝さよならのくちづけ〟を交わすどころじゃないありさま。  制限時間がもうけられているとはいえ、愛し愛された日々を凝縮したように濃密な時をすごせる(のぞ)みがあるなら〝一千回〟を信じたい。ダメ元で信じてみよう。  お辞儀……をするのは物理的に無理なのを補って、テレパシーでよいしょした。 〈博識な先輩と知り合えてラッキーです〉 〈持ちつ持たれつ、退屈しのぎにダーリンとの恋バナを聞かせてもらいましょうか。なれそめなりと、ノロケは控えめに〉  かつての上司が私生活に干渉してきたときは「モラハラです」と一蹴していた。今回は情報の提供料ということで、妥協するしかなさそうだ。  おととしの春、と翔馬はしぶしぶ応じた。    枯れてからじゃ遅い、三十代前半は恋活の崖っぷち。そう、友人がしつこく言ってきて、翔馬はなかば強制的にマッチングアプリに登録した。  相性抜群、とAIが()りすぐったのが当時、三十三歳の杉内明良だ。きっかけ自体はありふれていても、運命的な出逢いがある。  翔馬と明良の場合が、そうだ。テレビ電話で初めて対面した瞬間、科学者が真理に到達したように確信した。  彼こそ唯一無二のパートナーだ!   強烈に惹きつけられるぶんもオンラインのつき合いで様子見するなんて時間の浪費。  ──会おう、今すぐ、会いたい。  ちょうど休日の午後だった。お互いの住まいの中間地点で待ち合わせをして、なのに三十分足らずで着くはずが、その日に限って電車が遅延する始末。待ちくたびれて立ち去ったあとだったら、どうしよう。翔馬が息せき切ってオープンカフェに駆け込んだせつな、桜並木の枝という枝が突風にしなり、花吹雪がお濠端を薄紅(うすくれない)に染めた。

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