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第7話 ふたりの間に横たわる距離

 現在(いま)はいきり立っても、それをもてなす愉楽の壷は、とうに灰と消え果てた。代償行為めいて自慰に耽るさまは、痛々しい。 「おまえの(なか)は熱くて、俺のにしっとりと吸いついてきて……くっ」  切断された腕や足が痒い、攣れる、と脳が誤作動を起こす幻肢痛。それと似た現象だ。カップに性欲なんかあるわけがないのに、艶めいた声にそそられる。  翔馬だって、太くて硬いのでこじ開けられたいと願って最奥がむずむずする、気がする。 〈美談ですね。未だ、いわゆるオカズに重宝されるのは恋人冥利に尽きますでしょう?〉  スルーした。高く低くソファの座面が波打つと、オーバーラップするものがある。去年の大みそか、除夜の鐘の()がこだまするなかで、ベッドを軋ませながら貪り合った。  明良は顕微鏡を覗くように快感がひそむポイントを探り当てて、時に荒々しく、時に繊細に、翔馬という楽器を奏でた。  のったり、ずんずん突きしだいて(ほしいまま)に翻弄する。熱液が花筒全体にしみ渡り、翔馬の上に君臨していたのが一転して崩れ落ちる。愛おしい重みを抱き留めるのは、まさしく至福の瞬間だった──が切なくも悔しい。 「……っ!」  サオさばきに拍車がかかり、スウェットパンツの裾が床を掃く。発射寸前で、ところが心臓を射貫かれでもしたように顔がゆがむ。  愛する男性(ひと)が哀しみにもがき苦しんでいるのを傍観しているだけなら、転生した意味がどこにある?   液体をそそがれるのがカップの存在意義。だったら、いっそのことおれの中に放ってほしい、と思う。精をぬぐい取るのに使われたぶん、丸めて捨てられたティッシュペーパーを羨んでしまう。  明良がシャワーを浴びにいったとたん、サボテンがちょっかいを出してきた。 〈巨根の持ち腐れ、オナホールに活路を見いだせ、の巻といったところですね〉 〈セクハラ・ワードを乱発して昭和のおやじですか。少しは空気を読め〉 〈心の傷を癒やす特効薬は新しい恋、と俗に申しますとおり、いずれダーリンも二代目のハニーをつれ込むかもですね……失礼、昭和のおやじはデリカシーに欠けてまして〉  鉢から引っこ抜いてやれない以上、毒舌を封じるには相手にしないのが一番だ。所詮、カップですし? いじけると藤色の地が黒ずむようだ。道のりは険しくても(のぞ)みはある。  カップを使った回数を〝正〟の字でカウントできないため希望的観測が混じっているが、例の一千回へ向けて前進をつづけているはず。  朝がた、雨がやんで虹が出た。

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