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第8話 ヤバい……!

 生ける(しかばね)、とは使い古された言い回しだ。だが、ひところの明良がまさしくそうだった。  暇さえあれば出窓の前に胡坐をかいて写真の翔馬に語りかけるさまは、後追い自殺を図りかねない危うさをはらんでいた。それでも日にち薬とは言い得て妙だ。に慣れてきたとみえて、がっくり減った体重が少しずつ戻りはじめた。  翔馬としては複雑なものが、なくもない。絶望の淵に沈んだままでいるより、這いあがる兆しが見えたほうが建設的に決まっている。  反面、翔馬の面影じたいが薄れていき〝過去の一部〟として葬り去られつつある証拠のようで、やきもきしてしまう。  ぶんぶん首を横に振った。人一倍、誠実な明良にかぎって一周忌もすまないうちから愛の歴史を〝あかずの間〟に押し込める真似をするわけがない。もっともカップゆえ、首を振ったに終わったが。  食器棚の中が蒸れて夏の訪れを告げる。季節柄、アイスコーヒーが好まれるということは、カップの出番は激減するということだ。 〈一千回達成が遠のいて同情を禁じえません。めげるな、ワッショイ!〉  サボテンは夏が苦手だ。なのに蕾をつけたうえ、けけけ、と嗤うようにほころんだ。  幸い杞憂にすぎなかった。コーヒーブレイクには、決まってカップに氷がカラカラと。それから濃いめに淹れたものがそそがれて、明良は氷が響かせる音色も含めて味わう。 「今年の夏は沖縄でアクティビティ三昧……計画してたのにな、ポシャっちまったな」  そう、ため息をつく横顔が愁いをまとう。スーツケースの傍らに、喪服一式を収めたガバメントケース。新盆(にいぼん)がらみの、墓参のための旅支度だ。沖縄地方のガイドブックや水着で華やいでいたに違いない荷物とはかけ離れていて、それが憐れみを誘う。 「あしたは釧路に飛んで、翔馬の実家に挨拶に伺って……門前払いを食らうかもな」  明良はことさら冗談めかして呟き、カップを流しに運んだ。  スポンジで優しく全身……全体をこすられると、翔馬はうっとりする。一方で、やるせなさがつのる。  光熱費の節約にかこつけて時折、一緒に入浴した。洗いっこしているうちに火が点くと、ベッドに移動してからなんて場所にこだわるのはナンセンスだ。泡にまみれてペニスをまさぐり合うと、えも言われぬ刺激が後を引いた。浴室の構造上、よがり声が反響してなおさら興奮した。  つるり。明良がうっかり手がすべらせた。しかもカップが流しの外側に落ちる形で。

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