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第9話 〝1千回〟の行方は……?

 翔馬は収納庫の扉にしがみついた(気持ちの面では)。もちろん重力には逆らえず、ぐんぐん床が迫る。  ところが空中ブランコのパフォーマーが万一落下したときに備えてネットを張ってあったに等しい。あわや床に激突というまぎわ、カップは──翔馬は掬い取られた。  おかげで命拾いした。いや、もともと微細なひびが入っていた部分が流しの(へり)をかすめたせいで、リスの頭部を象った持ち手がもげた。 「うわっ、大切な形見が」  明良が、がばっとしゃがんだ。カップを受け止めたさいに、ひねった指にかまわず持ち手を拾いあげる。 〈新入りくんをかばってのけたヒーローに拍手、ぱちぱち〉  と、おちょくられても、やり返す余裕などない。肉体が具わっていれば、確実にへなへなと(くずお)れていた。  (こわ)れたカップは用済みで、きっとゴミ箱行きだ。これでは〝一千回〟もへったくれもない、宿命(さだめ)には抗えない……?  かりそめだろうが、命は命。転生者に伝わる伝説が現実のものになりしだい、ぎゅっと明良に抱きつく。そして本当は、ふたりとも年老いた遠い未来に告げるはずだった、正直な想いを伝えるのだ。  先に逝って、ごめん。おれを愛してくれてありがとう、愛していた……いる。制限時間が許すかぎり、唇がふやけるほど舌が攣れるまで、くちづけを交わして「さよなら」に代える。  生涯唯一のパートナーへのせめてもの(はなむけ)に、幸多かれと祈りながら。 「くそ、接着剤でくっつくか?」  明良は口を引き結び、持ち手をそれの断面に慎重にあてがう。角度に微調整をほどこすにつれて、最適解が示されたように目が輝きだした。スマートフォンをあわただしくタップしたあとで、表に飛び出した。  なぜか翔馬も一緒だ。転生後、初めての外出なのも相まって、デート気分でウキウキしてきた。とはいえ、厳重にタオルでくるまれたうえでリュックサックの中。街並ひとつ眺められないでいるうちに、どこかに着いた。 「こちらが先ほど電話で問い合わせた、修復するやり方を教えていただきたいものです」  明良がそう言い、タオルを広げた。白髪混じりの、おかっぱ頭の女性へ差し出すふうに。 「直せますか、直せますよね。金継ぎって技法で、きれいに」  翔馬が救急搬送された病院に駆けつけたときも、こうだったと思わせる。急き込んで且つ、すがりつくように言葉を継ぐ。つまり金継ぎの教室を兼ねた工房を頼ってきたのだ。

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