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第10話 もっとも尊い愛の証明
おかっぱ頭の女性──是近 は、ヒナを抱くような手つきでカップを作業台の上に載せた。眼鏡をかけると持ち手と碗の両方をじっくりと見較べてから、おっとりとうなずいた。
「あらあら、ぽっきり折れたこと。かえって初心者にも繕いやすいのよ、安心なさって」
供された麦茶をひと息に飲み干すさまを、にこやかに見やっていたのが一転して真顔になった。
「炎天下にいらっしゃるくらいだから、よほど愛着がある器 なんでしょうね」
「実は……この春に亡くなった恋人との思い出が詰まってまして。あいつを看取ってやれなかった罪滅ぼしと言えば自己満足がすぎる。だけど形見云々という以前に掛け替えのないものを毀 れたままにしておくのは、彼を冒瀆することだ」
と、自分で自分を殴り飛ばしてやりたい、と言いたげに拳を固めた。
是近曰く、茶の湯の世界では繕った跡を景色と呼んで愛でる、という。金継ぎは素人には難しいと思われがちだが、大ざっぱに言うと漆で破片を接 ぎ合わせるなどしたのちに、継ぎ目を金泥で埋める。あるいは金・銀粉を蒔く。
「持ち手が取れてしまった、こちらのカップですと、繕いを終えたあとは金色の線が洒落たアクセントを添えますことよ」
「ご指導のほど、よろしくお願いいたします」
ヒマワリでさえ、しおれるほどの猛暑がつづく。太陽がぎらぎらと照りつけるなか、明良は仕事の合間を縫って工房に通い、こつこつと作業を進めていった。
翔馬は、と言えば。下準備の段階では米のとぎ汁に浸けられるわ、天日に干されるわ、漂白剤に浸けられるわ。
Mっ気が開花するかも、という目に遭ったものの〝掛け替えのない品〟は勲章であり、心のよりどころ。試練も、へっちゃらだ。
草むらでコオロギがすだきはじめるころ、持ち手を碗に接 ぐお許しが出た。漆にかぶれる心配がないのがカップの利点。それに、と翔馬は思った。
漆を含ませた細筆で接着する面をなぞられても、くすぐったくない。おかげで明良がヘラだのピンセットだのを駆使して繕いに没頭している間中、真剣そのものの表情 に見蕩れ放題だった。
金粉が蒔かれて仕上げに入った。そして、めっきり涼しくなったある日、
「愛情と努力の賜物ですわね。上々の出来ですこと」
と、是近が微笑んだのを受けて、自宅につれて帰ってもらえた。するとサボテンが早速、からかう気満々で棘をふるふるさせた。
〈ようやくのご帰還、ならびにイメチェン成功おめでとう。きみは、実にしぶとい〉
〈先輩もお元気そうで。日本古来の修繕法に感謝しかない、で、ほら〉
翔馬が、金色の装飾も鮮やかな持ち手の付け根を見せびらかすように応じた。対するサボテンは、むくれてみせた(ふうだ)。
〈待てど暮らせどオモチャが帰ってこないと退屈するあまり枯れますですよ、本当に〉
〈ご心配をおかけして、すみません〉
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