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第11話 とうとう、そのときが……!

 補強ずみ、と理解(わか)っていても感情的には別だ。明良はためらいがちに、しかも碗を鷲摑みにする形で再びカップを使いはじめた。記念すべき初夜に、いわゆるバックヴァージンだった翔馬を過剰なまでに気遣ってくれたように。  窮地を脱して絆が強まった──そう思えた。  カエデが色づいた朝も、街が華やぐ聖夜も、翔馬はコーヒーをそそがれるたび「美味しくなあれ」と念じた。唇がカップの縁に触れる瞬間は、ときめいて躰が火照るようで、 「なんだ? 沸騰したレベルでいきなり熱くなったぞ、アチッ!」  不思議なことが起きたりもした。  やがて、転生してから数えて二回目の春が巡ってきた。月がおぼろに霞む夜、翔馬は名状しがたい違和感を覚えた。  喩えるなら──陶土に戻ったカップを創造主がこねて、ちぎって丸めて。伸ばして折りたたんで、また広げて上下左右に引っぱっているような、奇妙な感覚だ。 〈蝉は完全変態を遂げる過程において、いちど蛹の中でどろどろに溶けるそうですが、新入りくん、きみもぐちゃぐちゃですよ!〉  サボテンが驚くのも当然だ。カップがぶよぶよと崩れるにつれて、あちらが膨らみ、こちらがくびれて、六つのパーツに分かれていく。気がつくと、それこそ羽化したように、翔馬はキッチンカウンターに腰かけていた。  珍しくカップが置きっぱなしになっていたそこに、生前そのままの肉体を得て。  恐る恐る全身をさわってみた。厚みも温もりも、ちゃんとある。ペニスは……忠実に復元されている。  試しにサボテンに笑いかけると、ひえー! とのけ反ったように棘が震える。  てっきり持ち手がもげた時点で、例の〝一千回〟は無効になったと思った。だが、敗者復活戦のようなシステムが存在するらしい。直近の一杯で通算一千回に達し、条件を満たしたことから、願いが叶えられたのだ!  そこに明良が買い物から帰ってきた。リビングルームに入って数秒後、翔馬の姿を認めて呆然と立ちすくんだ。  感動の再会、という場面を思い描いていたのが、真逆の方向へと展開する。翔馬はへどもどしながら床に下りた。 「えっと……幽霊じゃないよ、おれ、甦った。カクカクシカジカで十二時間の制約つきで」  十二時間、と明良は鸚鵡返(おうむがえ)しに呟いた。右手の親指から順番に折っていき、一往復にプラス二回ぶん曲げたあとで、翔馬を見つめなおした。 「おまえは世界中のどこを捜したって、もういない。曲がりなりにも気持ちの整理がついたのを、今さら寝た子を起こそうって言うのか? 半日限りで『おさらば』は、かえって残酷だ」

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