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第19話
「……フェアル、時間だけど」
そっと肩を揺すられてぼんやりと目を開けると、ソルがひょこっと顔を覗き込んでいた。
「……うん」
「うっわ、目ぇ閉じそ……。このまま寝てる?」
「ううん……起きます」
のそりと身体を起こすと、寝起きのせいか少し怠い。眠気を吹き飛ばすように頭を一振りして、上掛けを捲りベッドサイドに脚を垂らす。
ぼんやりと向かいにある窓に目を向けると、既に日は落ち辺りは暗くなっていた。
ーー外で買い物をするなんて初めてだったから、ちょっとはしゃぎ過ぎたかな……。
お腹は全く空いていないけど、楽しかった今日という日の締め括りに、どうしてもレグラス様と一緒に食事がしたかったんだ。
よいしょっと立ち上がろうとした時、肩に手が乗せられた。
思わず動きを止めて見上げてみると、いつの間にかレグラス様がそこにいた。
「ーーお待たせしてしまって済みません。直ぐに準備を……」
自分の声がこもったように聞こえる。「あれ……」と思っていると、レグラス様の手の甲か僕の首にそっと触れた。
「熱があるな」
「……ねつ……?」
ぽやっとしたままオウム返しに呟くと、彼は僅かに眉を顰めた。
「今日は少し無理をさせ過ぎたか……。もうこのままゆっくり休むといい」
「でも、僕、一緒に食事がしたくて……」
「これからいくらでも共に食事をする機会などある。無理はするな」
肩に手を回されて、横になるように促された。
残念な体力しかない自分の身体を恨めしく思いながら、促されるままベッドに横たわる。
少し動いただけでじっとりと汗が滲んでしまった額を、レグラス様の指先がそろりと撫でた。
その間にサグが水を張った器を準備して、濡らしたタオルを手にスタンバイしている。
レグラス様らそれを受け取って僕の額の上に乗せてくれた。気付かないうちに身体には熱が籠もっていたのか、そのひんやりしたタオルがとても気持ちいい。
「ソル、起こす前に主の体調不良くらい察するべきでは?」
レグラス様の後ろでは、サグとソルが何やら言い合いを始めていた。
「うっせ。当然気付いてに決まってんだろ」
「では何故起こしたんですか。そのまま安静にして頂くべきったのでは?」
ジロリとサグが睨んでいる。その視線をサグと同じ顔のソルが、睥睨するように受けていた。
「起こすって約束したんたよ、俺は。約束一つ守れねぇ従者になるつもりはないぞ」
「しかし、フェアル様の体調を慮る必要も……」
「体調ばっりかよ。慮るって言うなら、フェアルの気持ちだって慮る必要あるだろ」
被せ気味に言われて、サグが口を噤む。
二人を見ていた僕は、何故か口を挟まずに言わせたいだけ言わせていたレグラス様に目を向けた。すると彼はそのアイスブルーの瞳でじっと僕を見ていた。
その視線に意図を感じて考え込む。
サグもソルも、僕の事を考えて動いてくれたって事でしょう。
どちらの意見もとても有り難いし、とても嬉しい。
でも今、二人は意見を対立させている。
ーーそれは何故?
多分、ちゃんと自分の意思を伝えていなかったせいだ。
楽しかった一日を少しでも長く堪能したかったし、少しでも長くレグラス様と一緒に居たいって。
ーー我が儘を言うなって事? それとも要望はハッキリ言えってことかな……。
少し考えたけど正解が分からない。取り敢えず二人に迷惑かけたことを謝ろうと口を開いた。
「サグもソルも、ありがとうございます。迷惑をかけてしまってごめんなさい……」
ぱっと二人が僕を見る。その顔には困惑の表情が浮かんでいた。
「ーー違う」
ベッドが沈みこむ。見るとレグラス様がベッドに腰を下ろして、呆れたようにため息をついているところだった。
「私は君を心配している者がいるという事を知って欲しかっただけだ」
彼の手が伸びてきて、汗で額に貼り付いた髪を払う。
「サグもソルも、そして私も。君の体調が心配だし、無理をして欲しくないと思っている」
その言葉に背後の二人を見てみると、二人揃ってコクコクと頷いていた。
「それと同じくらい、私を頼って欲しいとも思っている。私は君を甘やかしたいし、頼られたい。君がそうしてくれたら、きっと何よりも嬉しく感じるだろう」
「頼る……」
「要約すると、遠慮するなということだ」
随分端折って要約されたな、と唖然とする。
でもその端的な言葉にレグラス様の優しさがギュッと凝縮されているように感じて、僕はくすくすと笑ってしまった。
「ありがとうございます、レグラス様。サグもソルも、ありがとう……」
「今日はもう休むように。体調が良くなったら、君の勉強を見よう」
「ーーはい」
頷くと、レグラス様は優しく梳くように僕の髪を撫でてくれた。
その感触はとても心地よかったけど、一撫でした手が離れていくのはとても淋しかった。思わず彼の袖口を掴む。
ーーあ……甘えて良いって言ったよね。
「あの……」
「うん?」
レグラス様の目が優しく緩む。
「もう一度……その……撫でてくれませんか?」
そう言うと、彼は珍しくはっきりと笑みを浮かべて、僕が寝つくまでずっと撫でてくれた。
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