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第20話
幸いな事に熱はすぐに下がった。
うん、下がったんだよ、割と直ぐ。
なのに、まだ僕はベッドの住人と化している。
何故って、レグラス様が動いていいって許可してくれないから。
サグが甲斐甲斐しく世話を焼いてくれて、ソルは話し相手になってくれて暇つぶし相手になってくれている。
でも、こんなにのんびりしてていいのかなぁ……。
学院への編入準備とか……。そもそもいつから編入するんだろう……。
ラジェス帝国に来た本来の目的を考えると、何だか落ち着かない。
僕のソワソワした気持ちは尻尾に如実に現れてたみたいで、その日の朝顔を覗かせたレグラス様に呆れられてしまった。
「……随分元気になったようだな、フェアル」
「はい! もう元気です!」
しゃっきり背筋を伸ばして返事をする。レグラス様はベッドの横に立ち、うにょうにょと意思に反してそわつく尻尾を柔く掴んだ。
「まぁ、三日も休んでいれば飽きるのも仕方ない。今日から動いて良いぞ。ただし、サグかソルを必ず連れて歩くこと。気分が悪くなったら我慢をしないこと。この二点は必ず守るように」
「はい!」
やっとベッドから出られる! と嬉しくなった僕は、コクコクと力一杯頷いた。
「よし。じゃあ、おいで。朝食を一緒に食べよう」
そう誘われてぱっと笑顔になってしまう。そしてレグラス様をお待たせしちゃ悪いと思って、いそいそと上掛けを除けベッドから降り立とうとした。
でもちょっとだけ気が急き過ぎていたのか、上掛けが脚に絡みついてバランスを崩してしまったんだ。
「わ……っ!」
びゃっ! と尻尾が逆毛立つ。
でも直後にがしっと支えられて、みっともなく床に転がる事態は回避できた。
恐る恐る顔を上げてみると、半目をしたレグラス様がじっとりと僕を見下ろしていた。
「ーーフェアル?」
「す……すすす、済みません!」
慌てる僕を片腕で支えたまま、レグラス様が脚に引っ掛かった上掛けを取り除いてくれた。
「無理をするな。君は帝国に来た時も酷く衰弱していた。私は、まず身体を整えようと何度も君に言ったな?」
「は……はい」
叱られてしまってしょんぼりと項垂れる。自分の耳もぺそりと倒れてしまったし、尻尾なんて身体に巻き付いてしまっていた。
「叱っている訳ではない」
くいっと項垂れた耳に、レグラス様の指が掛かる。柔く揉むように撫でられて視線を上げると、レグラス様は僅かに首を傾けて僕の顔を覗き込んだ。
「心配しているだけだ」
淡々と言ってるけれど、やっぱりレグラス様の手付きは優しいし、声音も労りに満ちている。
ーー心配されるって、ちょっと擽ったい……。
小さく笑いを零しながら、彼のアイスブルーの瞳をじっと見つめた。するとレグラス様は、そんな僕を見てゆるりと目尻を緩めて、反対の手の親指で僕の目元をすりっと撫でた。
「成る程……。君は興味が引かれた時以外にも、嬉しい時や楽しい時も対象を見つめるんだな」
そう言われて、ちょっとびっくりした。
どうやらレグラス様に観察されていたらしい……。
思わず掌で頬を擦ると、レグラス様は喉の奥で笑いながら僕をひょいと両腕に抱き上げて歩き初めてしまった。
食事の後、場所を僕の勉強するための部屋へと移した。
大きな窓を背にして座るように設置してある机に辿り着くと、椅子に座るように促される。僕の隣にソルが椅子を置き、そこにレグラス様も腰を下ろした。
「一般教養がこの書籍、こっちは特別学科の分だ。先ずは内容を見てみるといい。分からない項目の数を見て、学院での授業科目を選ぼう」
綺麗な布クロスの表紙をそろりと捲る。
手渡された本は一般教養のものだった。意外に薄いなって思いながらページを捲ってみると、内容は項目別に要約されたものになっていた。
「基本的に一般教養の項目は、学院に入学前に家庭教師を付けて習得する。ただ、稀に平民が特待生として入学することもあるから、科目として存在しているんだ」
「そうなんですね……」
興味深く内容を辿る。国の違いのせいか、地学に関しては知らない内容が多かったけれど、その他は知っている内容だった。
それを告げるとレグラス様は頷いて、別の本を手元に引き寄せた。
「こっちが特別学科の書籍。魔法学、魔法陣学、そして薬草学、地理学、経営学、騎士学」
ドンドンと目の前に本が積み上がり、思わず目を円くしてしまう。
「まだ他にもあるが、大まかにはこのくらいか……」
ぺらっとページを捲ってみたけど、騎士学や経営学は僕には向いてなさそう……。
魔法学も、アーティファクトを付けている以上無理だと思うし、魔法陣学も同様かな。無難なのは薬草学か地理学かなぁ……。
パラパラといくつかの本を見ていたら、不意にレグラス様が指先でページを押さえた。
「魔法陣学は知っているか?」
「……少しだけ。魔法を発動させる時に、力を増幅させるために使いますよね?」
「それだけじゃなく……」
トンと指で押さえてていた場所を軽く叩いた。
「魔法を使える者は、頭の中で魔法陣を構築して魔法を使う。魔力が少なく魔法使えない者は魔法陣を使う。魔法陣に魔力を流し込めば魔法が発動するんだ」
レグラス様がサラサラと紙に美しい文様を描き出す。
「これは魔力が少ない者にも使える、生活魔法の魔法陣だ」
サグが机に水晶でできた灰皿を置くと、そこに描きあげた魔法陣を乗せた。そして紙の端を指で摘むと「ジッ」と小さく音がして、指先に近い魔法陣の円の所から線に沿って淡く発光し始めたんだ。
魔法陣全体が光ったのと同時に、ポッ! と小さな火が付き、メラメラと紙を焼いていった。
「魔法陣が魔力を勝手に吸い上げて魔法を発動させる。魔法陣の種類によっては使う魔力の量も多くなるが、保有魔力が少なければ魔法陣の全体を光らせる事ができず、魔法も発動しない」
「これは魔法が使えない人にも描けるものですか?」
「ああ、そうだ。形がキレイに整っていれば上手く発動する。形が悪ければ、魔力を吸い上げる力が弱くなって発動しづらい。一つ描いてみるか?」
そう問われて、面白そうだと思った僕は大きく頷いたんだ。
まさか、それがあんな大事になるとは思いもせずに……。
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