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第21話

 目の前に、真っさらな紙と買ったばかりのペンが置かれる。  レグラス様がもう一枚お手本用に魔法陣を描いてくれたので、僕はちょっと考え込んだ。  レグラス様はフリーハンドで外縁を描いていたけど、僕は描き慣れていないから綺麗な円を描くのは無理そう。  ふと自分の掌をじっと見てみた。  猫の獣人とはいっても、僕は人間だから肉球はない。でも人族に比べると掌の隆起がはっきりしていた。 「ーーそっか……」  小指側の手首近く、その盛り上がってる部分を反対の手で触れる。思いついた僕は早速ペンを持つと、紙の中心にその部分を押し付けた。  そしてペン先を軽く置き紙自体をくるりと回してみると、予想通り綺麗な円が現れた。  嬉しくてぱっと笑みが浮かぶ。  わくわくしながら、今度はペンを持つ指に角度をつけて、さっき描いた円の中に同じ要領で小さく円を描く。  そして順に円や線を描き込んでいき、あとは中に書かれた文字を書けば完了となるところまで書き進めることができた。  失敗したくなくて、ぐぐっとペンを持つ手に力が入る。そのせいか、爪がちょっとだけペン軸に喰い込んでしまった。  ゆっくりとレグラス様の魔法陣を手本に、文字を丁寧に書いていく。そうやって、時間はかかったけど、何とか魔法陣を描き上げる事ができたのだった。  隣でじっとその様子を見ていたレグラス様は、紙を手に取ってまじまじと魔法陣を眺めると、僕の頭にぽんと手を乗せた。 「歪みもなくキレイに描かれている。これなら上手く発動するだろう」  褒められて嬉しくなった僕は、レグラス様がさっきと同じように灰皿の上に紙を置くのをわくわくしながら見守った。  レグラス様の長い指が紙の端を摘むと、「ジッ」という音が静まり返った部屋に響く。  その時何かを感じたのか、レグラス様の表情が変わった。  ーー次の瞬間! 「ーーっ!!?」  魔法陣は先程とは比べものにならないくらいの光を放ち始め、レグラス様は咄嗟に手を上げて目の前にかざした。 「閣下!」  側に控えていたサグがレグラス様を庇うのと同時に、ゴウッと勢いよく業炎が立ち上がり、あっという間に机を燃やし始めたんだ。 「フェアルもこっちに来て!」  素早く側へ来たソルは腕を引いて僕を背中に庇うと、短く呪を詠唱した。するとザバッと滝のような水が机に流れ落ち、激しく燃え盛っていた火が一瞬で消えた。  何が起きたのか分からなかった僕はその光景を呆然と眺めた。 「閣下! しっかりしてください!」  サグの鋭い声が響く。はっと我に返って見ると、レグラス様が額に手を当て脂汗を浮かべていた。  その顔色は恐ろしく悪く、どう見ても立っているのがやっとのようだ。  ーー何が起きたの?  不安にざわめく胸を片手で押さえながら見守っていると、レグラス様が絞り出すように低い声を紡いだ。 「ーーダレンを呼べ」 「直ちに!」  レグラス様を支えたサグが返事をしてソルに目を向けると、彼はぱっと身を翻して部屋を飛び出していった。  僕はそれを、ただ立ち尽くして眺めていることしかできなかった。  ☆★☆★☆★ 「うん、魔力が枯渇してるね」  ソルに連れられて現れたダレン様は、ぐったりとソファに座るレグラス様の手を取って診るとそう言った。 「枯渇、ですか?」  オウム返しに尋ねると、彼はこくりと頷く。 「閣下は魔官が大きすぎるせいで魔力欠乏症と同じ症状が出てはいるけど、魔力自体は豊富に持ってるはずだから枯渇するはずないんだけどね」  ううん……と首を捻ると、チラッとレグラス様に目を向けた。 「何があったんですか?」 「……フェアルが描いた魔法陣を発動させただけだ」 「魔法陣の発動? それだけで閣下の魔力が枯渇する訳ないじゃないですか」  何故? とダレン様が眉を顰めると、レグラス様は何も答えず無言のまま目を閉じた。  ーーきっと魔力が枯渇して身体がツライんだ……。  僕はオロオロとダレン様とレグラス様を交互に見た。  どう思い返しても、魔法陣に吸い込まれていった魔力量は異常だった。だとすれば、魔法陣を描いた僕の所為だ。  何がどうして、あんな事になったのかは分からないけど……。  すりっと自分の右腕を擦った。  レグラス様は魔官不一致症だ。  どれだけ休んでも、魔官を満たす程の魔力は溜まらないし、そうなるといつまでも不調のまま過ごすことになる。  ーーでも彼は魔力を他人から奪う事ができる……。  そして僕は自分で制御できないくらいの魔力を……、魔力暴走を起こしてしまう程の魔力を持っている。  アーティファクトさえ外せば、きっとその魔力の大部分をレグラスに渡す事ができるはずなんだ。  ーーそうすれば、レグラス様の不調は良くなる。でも……。  今はいい。レグラス様が僕の魔力を受け取ってくれたら、暴走することもないだろう。  ーーでもその後は?  僕の魔官と魔力量は一致している。即ち一日に休んだら、また魔力は満タンになってしまうんだ。  そうなったら、またいつ暴走すのかと恐れ怯えて生きることになる。  ーー…………。  レグラス様をじっと見つめる。  無表情で滅多に笑わなくて冷たそうに見えるけど、でもいつも僕を気遣ってくれた優しい人。  ーー僕には彼を癒せる「力」がある。  もし魔力が暴走しそうになったら、その時はここを出ていこう。そうすれば、レグラス様やサグ、ソル達に迷惑は掛からないはずだ。そう考えた僕は意を決してぐっと握り拳を作った。 「ダレン様、僕のアーティファクトを外して頂けませんか?」

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