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第24話
ふわっと意識が浮上する感覚に促されて、僕はゆっくりと目を開けた。
真っ先に視界に飛び込んできたのは、見慣れない天井。籠目柄の模様のその天井は、色もライトグレーで落ち着いた上品なものだけど見覚えがない。
どこの部屋だろうかと、そのままゆっくりと視線を巡らせてみた。
部屋に納められている調度品は、艶のあるミッドナイトブルーで統一されていてシックに纏まっている。その流れで頭を動かして横に目を向けて、僕は思わず息を飲んだ。
そこには上半身裸のレグラス様が眠っていた。
その時初めて、僕は自分がベッドの上に横たわり、レグラス様の腕の中にいる事に気付いたんだ。
眠るレグラス様をじっと見て、何が起きたのかと自分の記憶を探る。
ーー確か、魔力移譲のために口付けをしていて……。
そこまで考えて、はっとレグラス様を見る。
気を失う直前、僕の魔力は残り僅かとなっていたけど、レグラス様はまだ正気には戻っていなかった。
「失敗……した?」
恐る恐る自分の胸に手を当ててみると、既に僕の魔力は満タンに回復していた。
ということは、僕の意識が無くなって一日は経ったということだ。
ーーもし、レグラス様がまだ枯渇状態なら、今ならまた僕の魔力を渡せる……。
そっとレグラス様の唇に指を当ててみた。指先に感じる息遣いは穏やかで、魔力枯渇で苦しんでいるようには見えない。
レグラス様が魔力の枯渇で、まだ意識が戻っていないなら、近くに主治医のダレン様が控えているはず。
そう思いついた僕は身を起こそうと上半身を起こしかけて、びっくりするくらい重怠くて、思うように動かない自分の身体に目を見張った。
「なんで……?」
ぷるぷる震える腕をベッドに着き、自分の身体を見下ろす。
すると、何故かサイズの合わないぶかぶかのシャツだけを着た自分の姿が視界に入った。
大きく開く襟ぐりから覗く肌には、あちらこちらに鬱血の跡が見える。
「なに、これ……」
慌てて掛布を捲ると、現れた脚にもあちらこちらに鬱血があった。
何が起きたのかも、今の状況も、何もかも分からないことだらけで、困ってしまった僕は視線を上げて室内を見渡していると、誰かが来たのか軽い音をたてて扉が開いた。
「ダレン様……」
入ってきた人の姿を見て、僕はぽつりと小さくその名前を呼んだ。
その声が聞こえたのか、ダレン様はぱっと顔を上げてこちらを見た。そして大きく目を見開くと、慌てたように僕の元へとやって来たんだ。
「良かった、目が覚めたんだね!」
ダレン様は素早く僕の額に手の甲を当て、それから首にも同じように触れてくる。彼は、ぱぱっと頭の天辺から足の先まで視線を流して、漸く安堵の息をついた。
「本当に良かったよ……。もうまる一日意識がなったからね、君」
「一日……」
成る程、道理で僕の魔力も回復するわけだ。
僕は重い身体を叱咤しながら態勢を変え、ダレン様と向かい合った。背後で眠るレグラス様を起こしたくなくて、声を潜めて聞いてみる。
「あの、レグラス様のお身体は大丈夫ですか?魔力の移譲は上手くいったんでしょうか?」
「ああ、閣下?」
僕の質問に、何故かダレン様の顔からスンっ、と表情が抜けた。
「大丈夫どころか、未だ嘗てないくらい絶好調なんじゃないの?」
はっ!と呆れたように鼻で嗤うダレン様に、僕は首を傾げた。
「えと……大丈夫なら、良かったです?」
何でいきなりダレン様は不機嫌になったんだろうって頭を悩ませていると、お腹に腕が周りぐいっと後ろに引かれた。
正直、身体に力が入らない状態で何とか座っていた僕だから、強く引かれてしまうとバランスなんて保てない。
呆気なく後ろに倒れ込んだ僕を、いつの間にか目覚めたレグラス様がしっかりと受け止めてくれた。
「ーーダレン」
険しい声でレグラス様がダレン様を呼ぶと、ダレン様は面倒臭そうに肩をすくめた。
「あー閣下、オハヨウコザイマス?」
「フェアルに余計な事を言うな」
「余計なコト……ですか?閣下が欲望のままこの子を喰っちゃったことが?」
ーー僕を「喰った」?
ダレン様の言葉に僕が首を傾げていると、レグラス様の不機嫌そうな声が聞こえた。
「最後まではシてない」
☆★
あれからサグとソルに抱きかかえられて、人形の着せ替えみたいにして身繕い済ませると、まるで見ていたかのようにレグラス様が現れて僕を抱き上げた。
そして室内にあるソファへと移動してそこに座り、まだしっかり力が入らなくて身体がぷるぷる震える僕を膝の上に乗せたのだ。
ソファの前にあるテーブルに、サグがささっと軽食を並べ、ソルがカップを置いて紅茶で満たした。僕の前にはアイスティーが置かれ、グラスの中で氷がカランと涼し気な音を立てた。
喉が渇いていた僕がグラスに手を伸ばそうとすると、すかさずレグラス様がグラスを手に取り、ストローが僕の唇元にくるように持ち上げた。
「?ありがとうございます?」
よく分からないけど、取るのを助けてくれたらしい。
お礼を言って受け取ろうとしたら、レグラス様は黙って首を振った。
ーーまさか、このまま飲めって事?
困惑していると、レグラス様は僕を見つめたまま、そっとグラスを傾けた。
やっぱり、このまま飲めってことらしい。
どうしようかと悩んだけど、喉が渇いて仕方なかった僕は、腹を括ってストローに口をつけた。
ちゅっと吸い上げると、冷たいアイスティーが喉を潤す。
喉を通る冷たい感覚が気持ちよくて、僕はほっと息をついた。
そんな僕の状況を見計らって、ダレン様は口を開いた。
「つまりね、魔力酔いを起こしたんだよ、閣下は」
「魔力酔い?」
「そう。そして、君は残りの魔力を一気に奪われて、命の危機に陥ったんだ。魔力持ちはね、魔力を一気になくしてしまうと、種の存続を優先させようと発情してしまうんだ」
「は……発情、ですか?」
「そうだよ」
ダレン様の説明を聞いて、僕は少し考え込む。
レグラス様のために僕は魔力を移譲をした。それは成功したけど、どういうことかレグラス様は魔力酔いを起こして、僕から残りの魔力を奪ったってことだよね。
で、僕は一気に魔力を無くして、身体が命の危機を感じて、種を残そうって反応になって発情した……。
魔力が枯渇すると、発情するってこと?
ーーあれ………………?
「あ、気付いちゃった?魔力移譲する前、閣下って黙り込んでただろ?あれ、閣下も発情してたんだよね」
そのダレン様の言葉に、僕は目を見開いた。
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