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第25話
「魔力酔いって知ってる?」
ダレン様に聞かれて、僕は首を傾げながら記憶を辿る。
「子供が治癒魔法で魔力酔いになる事くらいしか知らないです」
「そうそう、それ。治癒魔法って他人の魔力が身体に入っちゃうだろ?その魔力の量が多かったり、相性が悪い魔力だったりすると酔うんだよ。稀に胎児の魔力と合わなくて、妊婦が酔うこともあるけどね」
成る程……と僕は頷く。
お酒も体質に合わなかったり、飲み過ぎたりしたら酔うから、それと似たようなものかな。
そう考えていると、背後のレグラス様から声がかかった。
「フェアル、口を開けろ」
「?」
よく分からないけど、言われるがまま口を開けると、口元にサンドイッチが運ばれてきた。
まさかの食べろってことだろうか?
ちらりと後ろに視線を流してみると、無表情ままレグラス様がこちらをじっと見ていた。
誂っているって訳じゃなさそうだけど……。
レグラス様の真意を測りかねて困っていると、僕の意思に反して、苛立つように尻尾がタシン、タシン!とソファを打った。
「閣下、嫌がってますよ。猫って構われ過ぎるのも嫌がるっていうじゃないですか」
「……嫌がっているのか?」
「嫌がるわけじゃないんですけど……。自分で食べられます」
フォロー入れて下さったダレン様に対して、レグラス様が窺うように僕を見てくる。
実際、嫌なんじゃない。尻尾って、咄嗟に反応してしまうから、どうにもならないんだ。
ただ、居た堪れないから、自分で食べたい。
だから、小さな声で主張してみたら、レグラス様はサンドイッチをペーパーナプキンに包んで僕に手渡してくれた。
「ゆっくり食べろ」
受け取ったサンドイッチをゆっくり口へと運ぶ。レタスと、卵をふわふわに焼き上げたオムレツのサンドイッチは、とても美味しかった。
「じゃ、説明続けるよ」
もぐもぐと、僕がサンドイッチを半分ほど食べたところで、ダレン様が口を開いた。
「えーとなんだっけ……。そう、魔力酔いだ!閣下は、身体が一日で回復できる魔力量よりも、魔管のサイズが遥かに大きいんだ。だから閣下は生まれてこの方、魔管が魔力で満杯になったことがない」
「レグラス様の魔力量は普通なんですか?」
「普通じゃないよ。この国でも一、ニを争うくらいには多い」
国で一、二を争うくらいなら、凄く多い方だ。でも獣族からみると、多いけど「凄く」って程ではないかも。
魔力は体質や体格で左右されると言われている。だから、凄く身体が発達している獣族の方が、総じて魔力は多い傾向にあるんだ。たまに僕みたいな、小柄なのに多いっていう例外もあるけど。
「そんな閣下だからさ、昨日フェアルの魔力を沢山貰いすぎて、魔力過剰で酔ってしまったらしい。……で、箍が外れてもっと欲しいっとなって、経皮で君の魔力を吸い取ったんだ」
ちょいっと、ダレン様の指が僕をさす。
指先を辿って僕が視線を落とすと、シャツの襟に隠れるか隠れないかのところに鬱血跡があった。
ーーあ、これはレグラス様が魔力を吸った跡なのか。
道理で、あちこちの肌についている訳だと納得する。
「その結果、今度は君の魔力が枯渇して発情、それを慰めるために閣下が君を拉致してベッドルームに籠もったってわけ」
「慰める……?」
発情した僕を、「慰める」……って、え?
ぽろりと、手からサンドイッチがこぼれ落ちる。
「おっと」
すかさずレグラス様がキャッチしてたけど、僕はそれにお礼を言うどころじゃなかった。
「魔力が枯渇しても、直ぐには命に影響はしない。君の魔力量と魔管のサイズは一致しているんだから、二時間もすれば魔管に魔力が溜まって発情状態は解除される」
「フェアルを二時間も苦しませておく訳にはいかんだろう」
キッパリとレグラス様が言う。責任感の強い方だから、自分が魔力を奪ったせいで発情しちゃった僕を放っておけなかったんだろう。
「そう言うからフェアルを任せたのに、一日中籠もるなんて思わないじゃないか、普通!」
「……酔ってたんだ、仕方がない」
二人の会話を聞きながら、ぷるり……と僕の身体が震える。さっきまでの、力が入らなくて、の震えじゃない。
「ーーフェアル?」
レグラス様が、僕の左の肩越しに顔を覗き込んできているのが分かったけど、僕は彼の目を見る事ができなくて、一生懸命に逸らしてしまった。
考えたらダメだって頭では理解してるけど、さっき目覚めた時のレグラス様の姿が脳裏に浮かんで離れない。
恥ずかしくて恥ずかしくて、僕は咄嗟に自分の尻尾を胸に抱き締めてギュッと目を閉じた。
「どうした、フェアル?そんなに真っ赤になって……」
そんな僕に気付いたレグラス様が、手を動かす気配がする。
混乱していた僕は、失礼なことをしでかしたから、お仕置きされるかもと、全神経をそのレグラス様の手の動きに集中させた。
多分、怖かったんだ。
だから、レグラス様がその手で僕の頬に触れた瞬間。
ーーーー僕はレグラス様の手に、力いっぱい噛み付いてしまっていた。
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