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第28話

人を傷付けたくないし、殺すなんて恐ろしくて以ての外だ。 僕は無言のまま頷いて、父様の前で、自分であのアーティファクトを付けたのだった。 「僕……魔力暴走を起こしてしまって……。父に、魔力を抑えるために付けておくように、と渡されました」 思い出したくもない過去だけど、アーティファクトを外した以上、また魔力暴走を起こさないとも限らない。 友好国でそんな事をしでかせば、両国の関係に亀裂を生じてしまう。だから僕は正直に伝えた。 レグラス様の反応は気になるけど、アーティファクトを外したのは自分の意思だ。どんな反応でも受け止めるつもりでいた。 じっとレグラス様を見つめていると、するりと彼の腕が背中に回され、ぐっと強く抱き締められた。 「ーーすまない」 僕の耳元で囁くように謝罪の言葉が告げられれる。 何に対してのものなのか僕には全く心当たりがなくて、レグラス様にぎゅっと抱き締められたままの状態で何度も瞬いた。 「……レグラス、様?」 そろりと窺うように名前を呼んでみると、僕を抱く腕に更に力が籠もった。 「君が私を噛んだのは、君が七歳の時だ。留学期間を終えて帝国に帰る事になったと告げた時、君はパニックになって私を噛んだ」 「ーーえ?」 「その行動がネヴィ公爵に知られて、君は罰として部屋での謹慎処分となったんだ。帝国に帰る前に、せめて挨拶をしたいと願ったが公爵は許さなかった。君の存在が両国の仲にヒビを入れて危険だと、別棟で隔離する、と言って……。何もできないまま、私は帝国に帰るしかなかった」 「それって……」 言葉に詰まる。 じゃあ、あの時、僕が魔力暴走を起こしたのは、『ラス』様がアステル王国を去ってしまった事を知って絶望してしまったから? 「君の事を考えるなら、留学期間、あんな風に君を構うべきじゃなかった。残された幼い君が、淋しさのあまり魔力を暴走させてしまう事など、考えなくても分かった筈なのに……」 「っ、でも、レグラス様が悪いんじゃないんです。僕が感情をコントロールできなくて仕出かした事だから……」 「いや。君の、ネヴィ家での境遇を考えると、先ず帝国に連れて帰る方法を探すべきだったんだ。それをせずに、君と過ごす安穏な生活を享受していた愚かな自分に心底腹が立つ」 ギリリっと彼が歯を食いしばる音がする。 そんな昔の事、レグラス様が後悔することじゃないのに、と僕は思う。 『ラス』様のことは、この間夢を見るまで殆ど忘れていたくらいだ。僕はあの魔力暴走を彼のせいだとは思っていない。 自分の過去の行動に責任を持つのは、自分自身であるべきだと思うんだ。 他人(ひと)のせいにしたら、もうそこから先の成長は望めないと僕は思っているから、レグラス様にもそんなに自分を追い詰める程後悔して欲しくない、僕は心からそう思った。

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