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第29話
「私は留学中から君を手元に引き取ろうと考えていたんだ。しかしあの一件でそれも難しくなってしまった。だから、帝国に戻って直ぐに行動に移したんだ」
僕を抱き締めていた腕の力を抜いて、僕の顔を覗き込む。
レグラス様のアイスブルーの瞳には真摯な光が宿り、僕を真っ直ぐに見つめていた。
「当時の皇帝の甥である私を傷付けた者の身柄を帝国に引き渡すように、とアステール王国に圧力を掛けた」
「僕を、ですか?」
「ああ。君を罪人扱いしたくはなかったが、変に理由付けをして、アステール王国が君を手放すのを惜しまないようにしなければならなくて」
済まない、ともう一度レグラス様が謝ってくるから、僕はふるふると首を振った。
「でも、どうしてそこまで僕を?」
まだ子供だった僕を、何故そこまで気に掛けてくれたんだろうと不思議に思う。
すると、レグラス様は少し気不味そうに言い淀んだ。
「…………。留学中、私は身体の不調を感じる事が殆どなかったんだ」
「ーーえ?」
「君の、その魔力。それを貰う事で、私は不調を感じずに済んだ。利己的な判断となるが、君さえいれば私の体調に関する長年の問題も解決すると考えたんだ」
ーー僕の魔力が目的……。
魔管不一致症のレグラス様は、豊富な魔力があるにも関わらず、常に魔力減少症と同じ症状で苦しんできた。その彼が、僕の魔力に目を付けたのは、当然と言えば当然だ。
でも、何故か僕は自分が凄くガッカリしている事に気付いてしまった。
「じゃあ、今回の僕の留学って……」
「留学に関しては、私が手を回した。あの時アステール王国は君の身柄の引き渡しを拒んだ。魔力暴走を起こしたと言うなら、恐らく君の魔力量に目を付けて惜しんだのだろう。今回は少し強めに圧力をかけたから、君の留学はすんなりと決まったよ」
そのレグラス様の言葉に、僕はちらりと自分の右腕に視線を落とした。
国は僕の魔力を利用したかった?
でも、父様は獅子の一族の中で猫の獣人として生まれた僕を、一族の恥だと言っていた。
その恥である僕を、ネヴィ公爵家の一員として世間に出したくなかったんじゃないかな。僕が付けたアーティファクトは、あの国ではとうとう最後まで外される事はなかった。
魔力を抑え込む呪具を付けている以上、僕は魔力が使えない。
それを父様が国にどう報告していたのかは分からないけど、魔力暴走から十年経って、国も僕を利用することを諦めたんだろう。
国同士の交渉材料として僕を差し出したアステール王国を恨むつもりはない。寧ろあのネヴィ公爵家を出ることができたから、結果的には良かったと思ってる。
ーーだから……。
だから、今、僕が感じているこの淋しさは、ただの僕の我がままから生まれた感情なんだ。
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