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第32話
僕はその圧巻的な光景を、ぽかんと口を開けて眺めてしまった。帝国では印刷技術もそれなりに発達しているみたいだけど、それでも書籍は高価なものだ。
それにそう冊数も出回らないから、これだけの書籍が収められている図書室など、そうそうないはずだ。
僕は近くの棚に近付いて、背表紙をそろりと撫でてみた。
布地を使用した表紙も、箔押しのタイトル文字も美しく、眺めているだけで飽きない。
ゆっくりと棚に沿って歩いていると、司書のためのカウンターらしき物が見えた。
覗き込んでみると、カウンター下は何も置かれていない空間になっていて、僕はふと気が惹かれてそこに入り込んでみた。
幕板に囲まれた空間は狭くて、ちょっと薄暗く、猫獣人の僕にとって凄く落ち着ける。ほっと寛いだ僕は、この後に自分がやるべき事を考え始めた。
「レグラス様に泣いて済ませんって言わなきゃ。そして、いつでもお望みの時に……魔力を移譲するって……言って。誓約書とか、いるかな……。あ、そうだ、学力の確認……途中だった……。えっと、それから……それから……」
幕板に背中を預け、膝を抱えながら指折り言葉を紡いでいたけど、やがて心的疲労のせいか眠気がやってきて、僕はそっと目を瞑って眠ってしまっていた。
「ーーフェアル、フェアル……。起きてくれ」
ゆさゆさと身体が揺らされ、僕はゆっくりと眠りから覚醒し瞼を開けた。
身体はまだまだ眠りを欲しているのか、怠さが身体をねっとりと這い、開けた瞼を落とそうとしてくる。
「フェアル、大丈夫か?」
トーンを落として囁く声に、僕は落ちそうになった瞼を手で擦り顔を上げた。どうやらレグラス様自らが探しに来てくれたらしい。
「……大丈夫、です」
答える僕の声は我ながらもったりと籠もったように響き、如何にも眠そうだ。
「部屋からいなくなっていて驚いたぞ」
「ーーごめんなさい……」
「まあ、いい。眠そうなところに悪いが、君は昨日から何も食べていない。何か少しでも腹にいれないと、また体調を崩すぞ」
「ーーはい……」
食事をしろって事だよね?ぼんやりとした頭で考えて頷いた僕を、レグラス様はひょいっと抱き上げた。
「直ぐに休めるように、部屋で食事を摂ろう」
スタスタと歩き出すレグラス様の胸元に凭れ掛かって、僕は何とか頷く。
歩行で齎される揺れは、眠気に支配された身体には心地いい。
うとうとと眠りに身を任せそうになっている僕に、レグラス様はひっそりと潜めた声で囁いた。
「フェアル、悪いが私は君を手放すつもりはない。私が欲しいのは君の魔力だけじゃないんだよ」
ーー魔力以外に、僕が持ってる物って何かあったかな……?
「部屋に君が居ない事に気付いて、君が逃げたのかと思った私が何を考えたか分かる?」
ーー逃げたりしないのに……。
「もし本当に逃げていたなら、」
ーー逃げていたなら?
「君を私の部屋に閉じ込めて、二度と外には出さないようにしてしまっただろうね」
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