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第33話

 私の部屋に戻る頃には、フェアルは再び夢の世界に渡ってしまっていた。  力の抜けた彼をゆっくりとベッドへ降ろすと、ダークブルーのシーツに銀の美しい髪が舞った。顔に掛かる髪を指先で整えても、フェアルが目覚める気配は全くみられない。  私はレースのカーテンを引いた窓に目を向けた。  今の時刻は昼近く、この眠りの深さでは彼は朝どころか昼食も食べないままになってしまう。  彼が帝国に来てまだ一ヶ月も経っていないし、なんなら初めの十日は体調を崩して寝込んでいた。それでも少しは日が経っているのに、フェアルの身体には全く肉というものが付かなかった。 「学園に編入するまであと僅かしかないのに、このままでは君の体調が心配だな……」  あと数日もすれば学院へ編入する日を迎える。  今ですら少し街を散策するだけで熱を出すのだ。学院に通い始めた後のフェアルの体調も心配になる。  私は眉間にシワを寄せてため息をついた。  昨日の顛末を知ったフェアルが混乱することは、ある程度私も予想していた。  自己肯定感が低い彼だ、発情した自分を私が仕方なく慰めたとでも思うことは十分考えられる。そこに、義務だけではない別の感情が潜んでいるなどとは思い付きもすまい。  フェアルの頬を手の甲でサラリと撫でてやれば、むずかる子供のように顔を顰めて背けてしまった。  その幼い仕草からは、昨日、情欲に染まった顔を見せ、快楽に身を委ねていた淫靡な姿の名残は欠片もない。  ダレンが言っていたように、フェアルの魔管は正常に機能しているのだから、一〜ニ時間もすれば彼の発情状態も解除したと思う。  しかし、与えられる快楽に困惑しながらも従順に乱れていく彼を見て、私が自分を止める事ができなかった。  気付けば丸一日寝室に篭り、フェアルの身体を隅から隅まで堪能してしまっていた。  流石に挿入まではしなかったが……。  それほど私が溺れてしまうくらいには、彼は甘く淫らに啼いてくれた。  小さくため息をつく。  今、落ち着いて考えると、随分愚かな事をしたと思う。  フェアルの体調を心配している者がやる行為ではない。  その点で言えば、ダレンが怒るのも理解できた。 「まぁ、後悔はしていないが」  自分の自己中心的な考えに苦笑が浮かぶが、本心なのだから仕方ない。 「ただ、泣くとは思わなかった……」  彼の留学にまつわる説明をした時、彼は何とか抑えようとしていたものの、微かに複雑そうな顔を見せた。  私の言葉の何かが、彼の意に沿わなかったと直ぐに気が付いたくれど、彼が理由を口にする事はなかった。  泣き止むまで抱き締めていたけれど、彼の混乱は続いていて言葉を紡ぐ事ができずにいた。  少し水分を取らせて落ち着かせようと思った私だったが、彼の上気して赤くなった顔や潤んだ瞳を見て、それを誰にも見せたくない、と思ってしまった。  だから彼に少し休むように告げて、水差しを取りに行くためにその場を離れたのだ。  戻ってきてみれば室内にフェアルの姿はなく、急いで隣の部屋を覗くも影も形も見当たらなかった。

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