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第36話
何だかぐっすり眠れた気がして、僕は爽やかな気分で瞼を開けた。
開けたけど、ひらけた視界にダレン様のお顔が飛び込んできて、一瞬びくっと肩が跳ねて息を止めた。どうやら彼は僕を覗き込み、真上から見下ろしていたらしい。
僕の驚きにつられて、上掛けの下の尻尾もバシバシとベッドを叩く。
「ーーえっと……?」
状況が分からなくて身体を竦ませた僕は、ふと自分の右手が掴まれている事に気付いて視線を巡らせた。すると僕の右手の甲にレグラス様が唇を押し付けているのが見えて、もう一度肩が跳ねる。当然尻尾もバタバタと暴れまくりだ。
「……………」
驚き過ぎて言葉も出ない僕に、ダレン様が苦笑いしながら訪ねてきた。
「フェアル、体調はどうかな?」
「……えっ? あ、凄く調子良いです」
そう。アーティファクトを付けて魔力を押さえ始めた七歳以降、身体に手枷、足枷を付けているような、思うように動けない感覚が身に纏わりついていたけど、今はそれもなくスッキリと軽い。
「……だそうですよ、閣下。もう宜しいか、と」
ダレン様にそう声を掛けられて、漸くレグラス様が僕の手から唇を離した。でも手はぎゅっと握ったままだ。
「ダレン様、これってもしかして魔力移譲ですか?」
レグラス様の行動の理由に思い当たり尋ねてみると、ダレン様は正解とばかりに頷いてくれた。
「そう。後で理由は説明するね。先に確認したいんだけど、フェアル、今君の身体にどのくらい魔力が残っているか、自分で分かる?」
「えっと……」
僕は空いていた左手を胸に当てて、自分の魔管を意識して探ってみた。朝起きた時には満タンになっていた魔力が、ごっそりと減っている。
「多分……五分の一以下くらいです」
「五分の一ね。因みに身体の火照りや胸の動悸はある?」
「動悸はないです。火照り? は、少し顔が熱いかな、と」
でもそれはレグラス様が僕の手の甲にキスしていたせいじゃないかな……と思う。
「閣下は、昨日、今日と二回フェアルの魔力を受け取りましたが、彼の魔力の残量は感覚で掴めますか?」
「把握できた。一回目はフェアルの魔力をほぼ全量奪ってしまった事が、良い方向に働いたようだ。比較対称があるから、やりやすい」
「では閣下の方は問題なしということで。フェアル?」
「はい」
ダレン様に名前を呼ばれ返事をしたものの、流石に横たわったままは失礼だと思って僕は身体を起こそうとした。
するとレグラス様が僕の右手を持ったまま、反対の腕で背中を支えて起き上がるのを甲斐甲斐しく手伝ってくれる。
「……ありがとうございます」
もごもごと小さくお礼を告げると、レグラス様は何も言わずにじっと僕を見ていた。
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