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第43話

 何でもないことの様に言い切ると、レグラス様はグラスを満たしていた赤ワインを一口含んだ。ゆっくり味わうようにワインを飲むと、レグラス様は僕をみる目をゆるりと細めた。 「何のために私が講師として共に学院に行くと思う? 君が何にも邪魔されず、好きに学べる環境を与えるためだ。君を帝国に呼び寄せたのは私の都合だが、ここでは君は自由に過ごしていいんだ。私が誰にも邪魔をさせない」  無表情に、でもはっきりと告げるレグラス様を、僕は不思議な面持ちで見つめた。  僕の魔力が目的だとしても、どうして彼はここまで気遣ってくれるんだろう。 「でも万が一、学院で僕の魔力が問題を起こしたら、レグラス様の迷惑になりませんか?」 「ならん。問題を防ぐ力も、生じた問題を解決する力も、我がナイト家は持っているからな」  なんとなく力技で問題を解決しそうな気配を感じて、僕は学院生活が何事なく送れるように全力を尽くそうと思った。 「それに……」  ふと、思い付いたようにレグラス様が言葉を紡ぐ。 「それに昔、君と約束をしたんだ。学びたいのなら協力してやるとね」 「僕と……ですか?」  子供の頃の話で記憶が曖昧だから、そんな約束をしたことすら覚えていない。 「そうだ。君は母親から色々な事を教わったと話していた。その母親が居なくなり、もう何も学べないと随分悲しそうにしていたから、私がそう提案したんだ」 「あ……」  ネヴィ家の図書室でこっそり母様に読み書きを教わった記憶が蘇る。文字を学び、単語の意味を知り、本が読めるようになると少しずつ知識が身に付き、狭かった僕の世界が一気に広がった気がして、凄くワクワクした。  それを母様に言うと、「その感覚が学ぶ喜びというものよ。よく覚えていなさい」と優しく教えてくれたんだ。  母様があの家を出ていって、もう僕にはあの「喜び」は訪れないんだなって悲しかったのを覚えている。  当時、僕は幼かったから何も考えずにレグラス様にそう話したのがもしれない。 「約束を(たが)えるつもりはない。君は存分に好きなだけ学べばいいんだ」 「ーーありがとうございます」  昔の約束をきちんと守ってくれるレグラス様は、本当に素敵な人だ。そう思って、僕はほんのり笑みを浮かべて心からお礼を言った。 「気にするな。それより食事が進んでいない。少しでもいいから……」 「ご歓談中失礼します。レグラス様……」  サグが静かにレグラス様に声をかけた。 「ダレン様がガラガント様と共にお見えになりました」  その言葉に僕の耳がピクリと反応する。レグラス様が大丈夫と言ってくたのだし、僕が魔法陣学を学ぶ件について心配しないことにした。  でも、それとは別にして、やはりあの件の原因は気になる。  そわつく気持ちのまま、手にしていたカトラリーを起き立ち上がろうとした僕を、レグラス様がピシリと制した。 「フェアル」  レグラス様のヒヤリとした声音に、僕の尻尾がしびっと立つ。 「ちゃんと食べるんだ。ソルが君の目の前に並べた料理を完食するまで離席は許さん」  そう言われて、僕が目の前の鶏肉に目を向けた時、ソルがそっとお皿を一枚追加してきた。  大判のその皿は、色んな種類の料理が美しく盛り付けられた  ワンプレートディッシュとなっていた。そしてその量は、僕にとってちょっと多めだ。  その皿を見て、ソルを見上げると、彼はニコッと微笑んだ。 「頑張って」  僕はぱちっと瞬き、おもむろに顔をレグラス様に向けると、彼は口の端を持ち上げ笑みの形を作ってみせたのだった。    

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