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第50話

「ほら、フェアル。顔を隠していないで、私に見せて」  顔を隠す僕の手にレグラス様の手が掛かる。そっと力が籠められて、僕はそれ以上抗う事も出来ずに、促されるまま顔から両手を離した。 「……赤いな」  レグラス様の人差し指の背がすりっと僕の頬をひと撫でしてくる。  ーーキスもそうだけど、僕が人との接触に慣れてないって分かってるくせに……。  余裕あり気に僕を見下ろすレグラス様を、つい恨めしげに見上げてしまう。するとレグラス様は、瞳に浮かべていた楽しげな光をすっと消して僕に顔を近付けてきた。 「ーーそんな目で男を見てはいけない」  少し掠れた声が囁く。  ーーそんな目ってなんだろう?  ぱちりと瞬き首を傾げていると、レグラス様は掠めるようなキスをしてため息をついた。 「無自覚ほど恐ろしいものはない……」  そう言うと、頬を撫でた指で、今度は僕の目元をなぞる様に撫でた。 「上気した顔、潤む瞳、少し困ったような上目遣い。男の勘違いを誘発する要素だ。それに……」  視線を落とし、未だにレグラス様の腕に絡み付く尻尾を見ると、クスっと笑った。 「この可愛らしい反応をする尻尾も、だ。いいか、フェアル。君の国では種の存続のために、雌雄の番が一般的だ。だが帝国は違う」  そこで区切ると両手の掌で僕の頬を包みこんだ。 「男同士、女同士の婚姻も普通にある。同性婚では子供はできないが、獣族ほど種を重んじる訳ではないから、問題は生じない」 「……同性婚?」  その言葉は僕を大いに混乱させた。  アステール王国では同種同士の雌雄でしか番わない。子を成し、種を存続させるため、そして一族を繁栄させるためだ。  だからこそ、獅子の一族の中で猫の獣人として生まれた僕は、一族には含まれず、こうして留学に出される事になったんだ。  そんな僕にとって、同性婚も、子を成す必要がない事も、違う世界の話みたいでいまいち現実味がない。  情報の整理がつかない僕を見越していたのか、レグラス様は僕の額と自分の額を合わせて、近距離で瞳を覗き込んできた。 「君の困惑も分かるが、これだけは覚えておいて欲しい。同性婚が可能な帝国では、男女共に、君を恋愛対象と捉える可能性がある。特に君の場合は同性に見初められやすいだろう。十分注意すべきだ」 「見初める…………」  馬鹿みたいにレグラス様の言葉を繰り返す。  間近にあるレグラス様のアイスブルーの瞳には、何かを探るような、でも微かに何かを期待するような光が見え隠れしている。  それに気付いたけど、僕はそれ以外の事で頭がいっぱいで、レグラス様を気遣うより先に、つい自分の好奇心を優先させてしまった。 「それって、僕でも家族を持てるかもしれないって事ですか?」

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