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第51話

 両頬を包むレグラス様の手を自分の手ではしっと押さえて、僕は意気込むように言った。 「僕、ずっと一人ぼっちで生きるんだと思ってたんです。でも僕も誰かに選ばれる可能性がありますか? 僕なんかでも誰かを愛してもいいんですか?」  うずりと尻尾がうねっているのが、見なくても分かる。  うずうずと好奇心が疼く。  人族は獣族を嫌っているって聞いていたけど、『魂の半身』のお伽噺があるくらいだ。全部が全部、獣族を毛嫌いしている訳じゃないかもしれない。  そして、誰かが僕を見初めてくれて、僕もその人を愛する事が出来たなら……。  ーー僕にも家族ができるかもしれない……?  可能性は限りなく低いかもしれないけど、夢をみるくらい自由だ。  わくわくしながらレグラス様の瞳を見て、僕は次に発しようとした言葉を飲み込んだ。 「ーーーーフェアル?」  ぐっと僕の頬を包むレグラス様の両手に力が籠もる。  仄暗い光を灯すレグラス様の瞳は、いつもの綺麗なアイスブルーの色ではなく、グレーがかってくすんでいるように見えた。 「私は君が、同性婚に忌避感を持つと思っていたよ。だが、どうやら思い違いだったようだ」 「そ、そう……ですね……?」  声を上擦らせながらなんとか返事を返すと、レグラス様は口の端を僅かに持ち上げて笑みの形を作った。  そう『形』。絶対に笑ってないし、むしろこの状況でその表情は恐ろしい。  僕は生まれたばかりの好奇心をしおしおと萎れさせ、視線を落として謝った。 「すみません、僕、浮かれてしまって……」  レグラス様のお怒りの理由なんて明白だ。  せっか相性の良い、膨大な魔力を持つ僕を帝国に呼び寄せて、やっと身体を整える事ができるって矢先に、僕が婚姻に興味なんか示してしまったんだ。  婚姻なんて結ぼうものなら、レグラス様の治療のためとはいえ口付けをするのは、さすがにダメだろう。  魔力は経皮移譲もできるけど、口付けより効率は落ちる分時間がかかる。今は僕のために随分時間を取ってくれているけど、本来公爵の身であるレグラス様はお忙しいはずだ。  治療のために費やす時間は短い方がいいだろう。  そういう事に全く思い至らなかった自分が情けない。  しょんぼりと落ち込んでいると、レグラス様は鼻の頭をすりっと擦り合わせてきた。ぴくん、と僕の耳が動く。 「可愛い私の猫。獣族の君に配慮しようと思っていたが、やめることにしたよ」 「は……配慮?」  恐る恐る視線を上げて、もう一度レグラス様を見る。  獣族にとって、鼻をすり合わせるのは、その……そういう意味での愛情表現……なんだけど……。 「私だけの猫。君がそのつもりなら、私も人族のやり方で進めさせて貰おう」  そう言うと、さっきよりも深く唇を合わせていた。

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