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第52話

 フェアルの学院編入まで残り日数も僅かとなった今日、皇帝陛下の呼び出しを受け帝城へと赴いた。  現皇帝は、私にとって従兄弟にあたる。……が、父の代でナイト家は臣下へと降っているので、それも大した意味はない。  大した意味はないのだが、幼い頃からの付き合いなだけにアレコレ事情は筒抜けだった。  だから謁見室ではなく、私的な部屋へと案内された私が、勧められるまま一人掛けのソファに腰を下ろすなり、陛下はにこやかに微笑んで口を開いた。 「さて、レグラス。何かと慌ただしい時に来てもらって済まないな」 「いえ、問題ありません」  陛下と私は、血縁関係があるせいか顔立ちは似たところもある。ただ無表情で冷たい印象を与える私とは違い、陛下は常に柔和な表情を浮かべていて、たいへん整った容貌ながらも親しみやすい雰囲気を醸し出していた。  そんな陛下は微笑みながらも観察するように私を眺め、続けて言葉を発した。 「君の可愛い猫の懐柔は進んでいるのかい?」  その言葉に、私は険のある視線を陛下に向けた。 「陛下、言葉には気をつけて下さい。あの子は私の……」 「ああ、分かっているとも」  彼は私に最後まで言わせる事なく頷く。 「彼は君の唯一の救世主。逃す事のできない相手という事はちゃんと理解しているよ」  その言葉に苛立ちが募のる。  違う、そうじゃない。  あの子は私にとって唯一無二の存在。それを私の体調を改善させるための手段のように言われるのは実に業腹だ。私が睨む目に更に力を籠めると、彼はその優しげな笑みを深めた。 「そう睨むな、レグラス。帝国としてもアステルに無理を言って手に入れた子だ。逃がしたくないという、私の気持ちも汲んでくれ」  仕えるべき君主にそこまで言われたら、臣下としては折れるしかない。  不承不承(ふしょうぶしょう)睨む目を緩めると、陛下は浮かべた笑みを仄暗いものへと変えた。 「少し見ない間に、随分人間(・・)らしい反応をするようになったな、レグラス」  柔和な表情と反する冷たい声音。陛下のアイスブルーの瞳に冷たい光が宿るのが見えた。  どれほど穏やかそうに見えても、この帝国の為政者だ。それだけでは国を治める事などできるはずがない事くらい知っている。  だが、その陛下の雰囲気に私が呑まれる事もまた、あり得ない事なのだ。  笑みを浮かべたまま冷たい雰囲気を醸し出す陛下に、私も冷然とした顔を向けた。 「人間らしい……ですか? そう見えるなら、私の魂の半身がそう変えてくれたのでしょう」 「君も随分言うようになったな……」  先ほどの雰囲気から一転し、困ったように苦笑いを零した陛下は自分の前髪を掻き上げた。 「試して悪かった。『冷酷無残な公爵』の存在がまだ私には必要でね」  そう言うと、自分の膝に両腕を付いて身を乗り出してきた。 「君があの子の事で忙しいのは承知の上で頼みがある」

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