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第60話
食後のお茶が終わる頃、トーマさんが屋敷を訪れたと知らせがあって、僕とソルは衣装室へと向かった。
サグはこの後に訪問予定のダレン様をお迎えするために、別行動なんだって。
衣装室には既にトーマさんが来ていて、僕は遅くなった事を詫びながら中へと脚を踏み入れた。
「お待たせして、すみません」
「いいえ、私が早めに伺っただけなので大丈夫ですよ」
にこやかに返してくれたトーマさんは、早速僕を鏡の前に手招きした。
「サイズの最終チェックになります。お着替え願いますか?」
「はい」
トーマさんから制服を受け取って、木製のパーテーションの奥に引っ込む。着ていた服を脱ぎ、近くの椅子に掛けると、トーマさんが持ってきた制服に袖を通した。
濃紺の地に、袖口に白のラインが入るシンプルなデザインかと思いきや、立ち襟から裾の方まであるボタンが、真っ黒のブランデンブルク飾りとなっていて、どう留めていいのか分からない。
僕は暫く悪戦苦闘したけど、ムリだと悟ってトーマさんに助けを求めた。
「トーマさん、あの、ボタンが上手く留めれません」
「ああ……! 学院の制服は少し複雑ですもんね」
そう言うと、パーテーションのこちら側へとやって来てくれた。
「この前身頃を少し深めに合わせて……」
説明しながら着付けてくれる。
明日からは自分で着るのだから、トーマさんの手元をじっと凝視して必死に覚えようとした。
その時、ぐっと身体を寄せてきたトーマさんが声を潜めて囁いてきた。
「返事をしなくていいので聞いてください」
真摯な声に、僕はぱっと顔をあげる。するとトーマさんは真剣な眼差しで僕を見下ろしていた。
「留学生は、学院編入直前に魔力測定があります。それは聞きましたか?」
コクリと僕が頷くと、トーマさんは自分の胸元から小さな黒い珠を取り出した。
「これをジャケットの胸ポケット……心臓にできるだけ近い位置に入れておいてください」
掌に転がされたその珠をよく見てみると、艶のない真っ黒な色で、表面は少しザラついていた。
「これは魔力測定で使われる魔珠から、貴方を守ってくれます」
「守る?」
返事はしなくていいと言われていたけれど、つい聞き返してしまった。
「創世神の神官は、留学生の魔力測定をする際に、密かに奴属の呪を掛けようとするはずです。その石は、その呪を吸い込んで貴方を守ってくれます」
突然の言葉に、僕は息を呑んで大きく目を見開いた。
「神官は……」
そうトーマさんが続けようとした時、ソルがパーテーションの向こうから声を掛けてきた。
「フェアル? それにトーマさんも、時間かかってるけど、大丈夫か?」
その声に、トーマさんはぱっとパーテーションを振り返る。
「すみません、もう終わります!」
大きな声でソルに向かって言うと、トーマさんは僕の肩をぐっと掴んだ。
「アステル王国からの留学生は、国に戻らなかったんじゃない」
悲痛な光を淡い茶色の瞳に瞳に浮かべて、トーマさんは唇を噛み締めた。
「私達は………。戻る事が出来なかったんだ」
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