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第61話
僕の肩を掴んだまま、絞り出すように呟いたトーマさんは、一瞬だけ顔を俯かせた。でもギュッと目を瞑り、頭を一振りすると、にこっと笑顔を浮かべてみせた。
「さぁ、これで大丈夫ですよ。鏡の前でチェックしてみましょうか」
さっと話を切り替えられてしまって、僕はさっきの事を尋ねる機会を失った。エスコートするように腰に当てられたトーマさんの手がぐっと僕を押す。
チラリと彼に視線を流した後、僕はもやつく気持ちのままパーテーションを出て、姿鏡の所へ移動した。
「お、似合う!」
パーテーションの前で不審げな顔をして立っていたソルは、僕を見てぱっと相好を崩した。
「サイズも良さそうだな」
「そうですね。フェアル様、動かしにくいところや、窮屈なところはありませんか?」
「あ、大丈夫です」
トーマさんとソル、二人してにこにこしながら僕を見ている。
その様子に、僕はとうとうさっきの事に言及できないまま、試着を終えてしまった。
そのままトーマさんは辞していき、僕はその姿を何とも言えない気持ちで見送った。
トーマさんを見送った後、ソルは制服を片付けるために僕の側を離れている。誰も周りに居ないことを確認して、僕は、さっきトーマさんから受け取った黒い珠をポケットから取り出して、掌に転がしてみた。
その珠は艶がないせいか、どんよりと重い雰囲気を持っていて、じっと見ていると吸い込まれてしまいそうな感じがある。
「吸い込まれそう……」
僕は少し考えて、右の人差し指をその珠に当ててみた。
僕はまだ魔力制御は習っていない。でも夜、レグラス様に魔力を吸って貰ったお陰で僕の魔力は随分減っているし、今なら暴走する事なく使えそう。
そう思って、その珠にそっと魔力を流し込んでみた。
すると、僕の魔力はすうっと吸い込まれるように消えていってしまった。ツン、と珠を指で突いてみるけど、何の反応も返ってこない。本当に吸収しただけみたいだ。
ダレン様が、呪も魔力を編んだ魔法の一種だと以前話してくれた事を思い出す。
という事は、奴属の呪が掛けられたとしても、この珠に吸い込まれて無効化できるということだ。
「魔力を吸い込むだけなら問題はないかな」と考えて、トーマさんに言われた様に胸のポケットにその珠を仕舞い込んだ。
今の僕には、突然舞い込んだその情報を、誰に相談していいのか分からない。
留学生を奴属させるっていうのが本当かどうか。本当なら、創世神を祀る神殿の指示なのか、帝国の指示なのか。
神殿ならまだしも、帝国の指示ならレグラス様やダレン様に尋ねる訳にもいかない。
今はトーマさんの言葉を信じるしかなかった。
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