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第65話
「今日、私が閣下の代わりにここにいるのはね……。これ のせいでもあるんだ」
そう無表情にいうと、ダレン様は手にしていた黒い石をぐっと握り込んだ。
「昨日閣下は我が国の貴族の一人を尋問した」
「尋問?」
「そう。その貴族はコストリア伯爵家、最近妙にアステル王国とコネクションを持ち始めていてね。我が国の皇帝陛下に目を付けられていた」
淡々と説明しながら、ダレン様は石を握り込んだ手に更に力を籠めた。その手に魔力の揺らぎを感じるから、自身の魔力を放出しているのかもしれない。
ーー魔力を吸うことで芽が出て持ってる人間を奴属化させる……だっけ。あんなに魔力を放出して大丈夫かな……。
心配になってじっとダレン様を見ていると、彼は僕の視線に気が付いてにこっと笑った。
「大丈夫だよ。これでも帝国一の魔法医師だからね、私は」
そう言い終えるのと同時に、ダレン様の手の中からピシッと小さな音が響いた。目を見開く僕の前で、ダレン様はその掌をそっと開いてみせる。
そこには粉々に砕けた石の欠片が乗っていた。
「呪はね、基本的には黒魔法と呼ばれる力を使う。その真逆の白魔法……俗に言う治癒魔法を大量に注ぎ込めば、こうなるのさ」
パンパンと掌を叩いて石の欠片をはたき落とすと、ダレン様は改めて僕に顔を向けた。
「ええっと、どこまで話したっけ?」
「コストリア伯爵の……」
「ああ、そうだったね。うん、そのコストリア伯爵が随分前に留学生の身元保証人となった事がある。それが、トーマ・リポスだったんだ」
トーマさんの名前が出てきて、僕は居住まいを正す。ダレン様はそんな僕をチラリと見て、視線を下げた。
「トーマは……。彼は留学生として帝国にやって来た。……ねぇ、フェアル、何か気付かない?」
「ーーえ?」
突然の問に、僕はぱちりと瞬いた。じっとダレン様から目を離さはずに考える。
トーマさんは獣人だ。アステル王国の民で、そして留学生として選ばれて……。
「あ……。」
それに気付いて、思わず声が洩れた。
トーマさんは兎の獣人だ。ふわふわの淡い茶色の垂れ耳を持つ兎の獣人。
ーーなのに、何故トーマさんが留学生に選ばれたの?
アステル王国から送り出す留学生は、王家か四大公爵家から選出される。東の獅子、西のバッファロー、北のイヌワシ、南のコモドドラゴン…………。兎が産まれる可能性のない種ばかりだ。
ーーどういうこと?
ぱしぱしと何度も瞬き、カラカラに乾いてしまった喉をゴクリと鳴らす。嫌な予感しかない……。
膝の上に置いた掌が、嫌な汗をじんわりとかきはじめた時、コンコンと扉を叩く音が響いた。
その音に、ビクン! と肩と尻尾が揺れる。
恐る恐る扉に目を向けると、サグが開けた扉からレグラス様と……、その後ろに帰ったはずのトーマさんが姿を現したのだった。
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