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第66話

「魔力測定は終わったのか」  レグラス様はそう言いながら僕の側まで来ると、ドスっと隣に腰を下ろす。とても疲れた様子のレグラス様だったけれど、僕の頬に掌を当てると、親指で僕の目元をスリっと撫でた。 「黒目が開いてる」  そして視線を下ろすと、すっと目を細めた。 「尻尾も緊張しているな。……ダレン?」 「説明しようとしていたんですよ、今まさに」  咎める様なレグラス様の呼びかけに、ダレン様は苦笑いを零した。  僕は隣のレグラス様、そして真向かいのダレン様を見て、未だ扉近くにサグと並んで立つトーマさんに目を向けた。  彼は柔和な微笑みを浮かべ、後ろで手を組み静かに立っている。それが、あの必死な顔で僕に黒い石を渡した彼と一致しなくて、僕はますます混乱してしまった。  気付かないうちに僕の耳は水平に伏せていたらしく、レグラス様がやわやわと耳を揉むように摘んだ。 「大丈夫だ、フェアル。何があっても私が守るから、そう緊張しなくていい」  そうレグラス様に言われて、僕は彼を振り仰いだ。僕の視線を受けてレグラス様は僅かに口角を上げたけど、直ぐに表情を消してトーマさんに冷ややかな目を向けた。 「何か言いたい事があれば、聞くだけ聞いてやる」 「別に何もございません」  珍しく威圧的な態度のレグラス様を恐れることなく、トーマさんは淡々と答える。  それに対してダレン様がやれやれと溜め息をついた。 「トーマ、貴方のした事は許される事ではない。しかし閣下は貴方が釈明する機会を与えたんですよ?」 「知っています。でも私には釈明すべき事は何もないのです。フェアル様に呪石を渡して、奴属させようとした事は事実ですから」  トーマさんの口からハッキリとそう言われて、思わずトーマさんを凝視した。  アステル王国のネヴィ家にいた時には、ずっと悪意に晒されていて、悲しいと思っても怖いと感じた事はなかった。  あの家では、僕は最弱の猫だから仕方ないって思っていたし。  でもトーマさんと僕とは、殆ど接点がない。  にも関わらず、彼は僕を奴属させようとした。その理由が分からない悪意が恐ろしく、僕は身体を竦ませた。  そんな僕の反応に気付いたのか、レグラス様が僕を抱き寄せてくれる。彼の温かな腕に、僕はほっと息をついた。 「お前の身元保証人だったコストリア伯爵は、アステル王国と繋がっていた」 「…………」  僕を腕の中に抱き込んだまま、レグラス様は言葉を続けた。  対してトーマさんからの反応はない。 「アステル王国と言うより、ネヴィ公爵家とコネクションを築いていたようだな」  その言葉に、トーマさんはぴくりと肩を揺らした。  僕も驚いてレグラス様を見上げる。レグラス様はトーマさんから視線を外さすに、そんな僕の髪をひと撫でした。 「ネヴィ公爵家から、コストリア伯爵を介して命じられたのか? 何故その命令に応じた? お前の奴属化は解除されていただろう?」  レグラス様の畳み掛けるような質問に、トーマさんは穏やかな雰囲気を消し、うっすらと酷薄な笑みを浮かべた。 「ええ、ラジェス帝国で創世神の神官に掛けられた奴属の呪は解除して頂きましたとも。でも私はこちらに留学で来た時に、既に奴隷紋が刻まれていたんですよ」 「ーー奴隷紋……」  ポツリと呟きが洩れ出る。  奴隷紋は、奴隷としてその者を所有する家が刻む文様の事をいう。アステル王国では犯罪者となった者を、その一族が責任をもって終身監視するための措置として、奴隷紋を刻むんだ。  ーーでも、トーマさんが犯罪者?  まじまじと彼を見つめていると、彼はゆっくりと自分のジャケットを脱ぎ、シャツのボタンを外し始めた。  やがて顕になったその白い胸元に、くっきりと刻まれた奴隷紋が現れた。そこにあった文様は、僕の実家であるネヴィ公爵家のものだった。

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