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第67話
胸元の奴隷紋から目を離せずにいる僕に、トーマさんはすっと目を細めた。
「私の一族である兎族は、獣人の国アステル王国においてヒエラルキーの最下層でした。肉食獣系の獣人に搾取され続ける、そんな一族だったんです」
そう言うと、自分の胸元の紋に視線を落とし、それをひと撫でした。
「この紋が刻まれた日、私は婚約者と共に街へ出かけ、婚姻式で交わす指輪を探すはずでした。あの日はとても人が多く、私は人波に流され、大通りに押し出されてしまいました。そこにネヴィ家の馬車がやって来たんです。貴人の通行を妨げた罰として、私は捕らえられ身柄をネヴィ家へと引き渡されました」
淡々と話すトーマさんは、顔を上げて窓の方に目を向けた。
そのなんの表情も浮かばないトーマさんの顔から目が離せない。
「後で考えてみると、全ては仕組まれていたのでしょう。『誰』かがネヴィ家の馬車を止め、罰として奴隷紋を刻む。ただそれが運悪く私だった、とい訳です」
「何故……ですか? そんな……獅子の一族ではない者に、ネヴィ家の奴隷紋を刻むなんて、そんなの許されません……」
僕は震える声をなんとか振り絞って言った。
奴隷紋は、犯罪者を出してしまった一族が、その者を責任持って監視する、という意味で刻む。
トーマさんの一族の紋ならまだしも、何故、ネヴィ家の紋が刻まれるというのだ。
そんな僕に視線を向けると、トーマさんはポツリと言った。
「ああ……フェアル様はご存知ないのか……。私が帝国に送り出されていた時は、まだ贄 として奴隷を留学生に付ける風習があったんです」
「留学生に奴隷を?」
初めて聞く情報に、トーマさんから視線を外し、僕は床を見つめて考えた。そして、直感的に気付く。
創世神が奴属の呪を掛けていた事と、トーマさんの奴隷紋は関係があるんだ!
僕は慌ててトーマさんに視線を戻した。
「何故留学生に奴隷を付けるんですか? 贄って一体……」
「ーーフェアル」
レグラス様が僕を抱く腕に力を籠めた。
「アステル王国がずっと求め続け、だが探す方法がないものがある」
「え……?」
レグラス様の突然の言葉に、僕はぱちりと瞬いた。振り仰いで見ると、真摯な光を灯すアイスブルーの瞳とかち合う。
「アステル王国は獣神を祀る。その獣神の使徒が、極稀にこの現し世に降臨する事があるという。類稀 なる力を持つというその使徒は、強い力を持つ王家か四大公爵に降臨する言われ、その者は……」
ふと言葉を切ると、レグラス様は僕の髪をそっと撫でた。
「その一族の中にあって、ハズレの姿形をしているらしい」
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