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第69話
「ネヴィ家は、獅子より猫の貴方が強いと評される事を忌み嫌っていました。例え貴方が使徒で、アステル王国が喉から手が出る程欲したとしても。それでも奴隷として創世神側へ渡してしまおうと考える程に、ね」
そんなに嫌われていたのか……。
分かっていたはずの事実に、胸が軋む。
「貴方が大人しく奴属していれば、私はアステル王国に帰り、婚約者と再び会うことができたのに……。残念です」
露悪的に笑みを零すと、トーマさんはシャツのボタンを閉めジャケットを羽織り襟を正した。
そんな彼を見つめていたレグラス様が、トーマさんの側に立つサグへ声をかける。
「連れて行け」
その命令に、サグは一礼して答えた。
サグに促されて踵を返したトーマさんは、何かを思い出したのか、顔だけこちらを振り返った。
「そうそう。ちなみに創世神側は、奴属の呪をかけるつもりはありませんでしたよ。魔力測定をする際に、魔珠が持つ、魔力を増幅させる機能を、私が利用したに過ぎませんからね」
そう言い残すと、彼はサグに連れられて退室していった。
その姿を、僕はぼんやりと見送る。
知らない情報が一気に頭に流れ込んで、僕はもういっぱいいっぱいだったんだ。
そんな僕に、レグラス様が労わるように声をかけた。
「大丈夫か、フェアル?」
「……フェアル。トーマは確かに気の毒ではあるけど、君が気にする事じゃないよ」
その言葉に、僕はのろりと顔を上げる。
「気にする必要はないって……。でもネヴィ家のせいですよね? そして僕があの家に生まれてしまったせいだ……」
「違う」「違うよ」
レグラス様とダレン様の声が重なる。
「閣下も言っただろう? 奴隷紋の事、閣下に言えば良かったんだよ。そうすれば、私達も手を差し伸べる事はできた。でもそうしなかったのは、トーマの選択だ」
「言えなかったんじゃないですか? 婚約者を人質に取られて……」
「フェアル、帝国の力を見くびってはいけない」
レグラス様が珍しく強い口調で僕の言葉を遮った。
「トーマがどう動こうと、ネヴィ家に情報が洩れないようにする事はできるし、請われれば弱者を守ることは厭わない」
「でも、そんな事トーマさんは分からないじゃないですか! 大事な人を守りたくて、考えて行動を起こした結果が、選択の誤りだと言うんですか!?」
感情的になった僕は、つい問い詰めるように言ってしまった。
「弱い立場の者は、追い詰められると周りが見えなくなるんです! なのに、それでもトーマさんが誤ったのだと、そうレグラス様は言うんですか!?」
それを表情を変えることなく聞いていたレグラス様は、一言、冷たく言い放った。
「ーーそうだ」
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