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第75話
表紙を捲った一頁目に、母様の書いた文字が並ぶ。
『大人になった貴方の助けとなりますように』
短いけれど、僕を想って書かれた文字を指で辿って、次のページを捲った。
「…………」
文字を目で追い、読み進める。カサカサと紙が擦れる音だけが、その静かな空間に響いた。
そして、暫く読み進めていた僕は、そのページで手を止めて思わず口を開いた。
「金華猫 ?」
「ーーこんな所で何をしている」
僕の声に重なるように響いた声に、驚きのあまり肩と尻尾が跳ね上がる。思わず自分の居る場所も忘れて、勢いよく立ち上がろうとしてしまった。
「っと、危ない」
ゴツッ!と鈍い音が響く。反射的に目を瞑ったけれど、音の割にどこも痛むことはなく、僕は恐る恐る目を開けた。
いつの間にか僕は誰かの腕の中に収まっていて、そろりと見上げてみると、そこには少しだけ慌てた様子のレグラス様の顔があった。
僕の頭の上を掌が覆っていて、カウンターとぶつかるのを防いでくれている。
「ご……ごめんなさい!」
慌てて身を起こして、頭の上のレグラス様の手を掴む。
カウンターと擦れたのか、手の甲が少し赤くなっていた。
おろおろと視線を彷徨わせた僕は、思わずサリサリとその手を舐めてしまった。
「……大丈夫だから、そう心配するな」
僕が掴んでいた手を引き抜くと、レグラス様は苦笑しながらその手を僕の頭の上に置いた。
「そんな事より、こんな場所で何をしている?」
「落ち着いて本が読みたくて……」
驚いた際に取り落とした本を拾い上げて、僕は差し出されたレグラス様の手を掴んで立ち上がった。
「こんな狭い所でか?」
「囲まれた空間が落ち着くんです」
そう言いながら、自然にレグラス様と会話できている事を不思議に思う。
次に顔を合わせる時は少し勇気が必要だな、なんて思っていたのに、今、何の気負いもなく、普通に話す事ができている。
これは多分、レグラス様が僕を気遣ってくれて、普通に接してくれているからだと直ぐに気付いた。
それが凄く嬉しい。
僕ははにかみながら、思い付いた話題を口にした。
「レグラス様、お仕事は終わったんですか?」
「いや、まだだ。だが、サグから夕方になってもお前が見当たらないと連絡が来たから、戻ってきた」
「え?」
そう言われて、僕は高い位置にある明かり取りの窓を見上げた。
いつの間にか日が落ち始め、空は暗くなり始めている。
この図書室には窓が少なく、日中でもランプを灯してあったから全く気が付かなかった。
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